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【首都スポ】

[フェンシング]エペジーーンの世界6位加納は太田雄貴に憧れ、見延を追って成長

2019年6月11日 紙面から

真剣な表情で練習する加納=味の素ナショナルトレーニングセンターで(武藤健一撮影)

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 日本フェンシング界が、いま熱い。中でも注目は「エペジーーン」が合言葉の男子エペ。W杯団体戦で史上初の優勝を遂げた。日本人で初めてグランプリ(GP)大会を制した見延和靖(31)=ネクサス=と、W杯初優勝を果たした加納虹輝(21)=早大=の2人が中心となり、個人と団体両方で、2020年東京五輪でのメダル獲得を目指す。 (広瀬美咲)

 太田会長に憧れ、見延の背中を追い、ついに表彰台のてっぺんに上がった。加納は今年2月のW杯(カナダ・バンクーバー)で初優勝。見延に続いて日本人2人目の快挙だ。「大学のうちに優勝できると思っていなかったので、驚いている」。大学1年生だった3年前からシニアの遠征に加わり、見延らとともに転戦してきた。これまでのW杯最高成績は3位だった。「見延さんを見て、自分も優勝できるってイメージがついた。見延さんを超えたいと思って、ずっとやってきた」

 フェンシングを始めたきっかけは、08年北京五輪の男子フルーレ個人で銀メダルを獲得した太田雄貴(現日本フェンシング協会会長)の活躍を見たからだった。当時、加納は小5。「フェンシングって、かっこいい。マスクをかぶって剣を持って、突いたらピカッと光って。戦隊ヒーローみたい」。得点すると、センサー付のマスクやピスト(試合場)が光る競技に心を奪われた。

 そのころ、両親の勧めで取り組んでいた器械体操で、けがに悩んでいた。器械体操を辞め、小6で自ら東郷フェンシングクラブ(愛知)の門をたたいた。最初に始めたのは、会長と同じ憧れのフルーレ。並行して取り組んでいたエペの成績が伸び、エペへ移っていった。「ダイナミックなのがエペの魅力。僕は身長が低いが、その分スピードと動く量には自信がある」。クラブの先生の縁があって、強豪・岩国工高(山口)へ進学し、腕を磨いた。

 今年4月から東京五輪の選考レースが始まった。「毎試合安定した、最低でもW杯ではベスト8に残れるような試合をしたい。7月の世界選手権(ブダペスト)では、みんなで優勝を目指して頑張りたい」。21歳は、次の夢へと向かってひた走る。

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