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【首都スポ】

トラック界屈指の32歳が開眼 佐藤悠基、東京マラソンへ6分台!

2019年2月27日 紙面から

東京マラソンに向け、トレーニングをする日清食品グループの佐藤悠基=東京・東中野で(斉藤直己撮影)

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 かつて圧倒的なスピードでトラックを席巻したトップランナーが、マラソンで円熟の走りを期する。3月3日の東京マラソン(東京新聞共催、東京中日スポーツ後援)に出場する佐藤悠基(32)=日清食品グループ=は「ハイペースでレースを進めたい。2時間6分前半が目標」と意気込む。順風満帆に見えたトラックから一転、試行錯誤を続けたマラソンでついに見つけた強みと取り組み方で東京マラソンから2020年東京五輪まで駆け抜ける。 (川村庸介)

◆昨年8分台マーク

 日本男子で2時間6分台、5分台は、過去に6人しか到達していない境地。そこに至るために佐藤が描くプランは至ってシンプルだ。「1キロ3分で押し切れば2時間6分前半で走れるので、1キロ3分のペースをどれだけ余裕を持って42回こなせるかだと思う」。東京マラソンで間違いなく展開されるであろう高速レースへの備えを明かす。

 目標を立てた経緯も自身の中では確固たるプロセスを踏んでいる。「まずは日本記録と言いたいところだけど、段階を経ないといけない。昨年9月のベルリン・マラソンで7分台が出る手応えをつかめていたので、その先に進むための6分台。1レースで1分ずつ速くしていくのが理想」。実際に前回の東京マラソンでは8分台をマーク。ベルリンではペースメーカーが機能しない中でのレースで2時間9分18秒に終わったが7分台の手応えはあった。だから1分縮めての6分台。高過ぎでも低過ぎでもない、現実的な目標としてとらえている。

 東京マラソンに出場を決めた意図も明確だ。「ハイペースでレースを進めたい。ハイペースに対応できればどんなレースでも気持ちに余裕が出る。MGCも後半ペースが上がることを考えると、速いペースをやっておけば気後れすることなく勝負できると思う」。既に9月15日の東京五輪代表選考会「グランドチャンピオンシップ」(MGC)の出場権を獲得している強みを最大限に生かし、先頭集団が刻むハイペースに挑戦する。

 もっともマラソンに対して手応えや充実感を得られるようになったのはここ1、2年の話だという。それまでは中、高、大、実業団と常に世代トップを走り続け、トラックで輝かしい実績を残してきたキャリアに比して、不相応な結果しか残せていなかった。

 「いい時はちゃんと練習ができるけど、ダメな時は本当に全然できなかった。トラックの考え方でずっとやっていたけど、マラソンは悪い時も悪いなりにまとめないと走れない。我慢して走るようになってから体もメンタルもマラソン仕様になってきた。我慢するということを30歳を過ぎて覚えた」

◆17年夏合宿で転機

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 転機になったのが2017年夏に北海道で行ったマラソン合宿だった。「今までとは別のことをやってみよう」と初めて50キロ走に挑んだが、暑さとエネルギー切れで40キロ以降はフラフラに。それでも「なぜか『ここで我慢しないとダメなんだ』と思った。自分を変えることも必要だと思い、この合宿は気持ちで行くことにした」と執念で完走。我慢、気持ちという古くから日本のマラソン界で言われている原点の大切さに気付いた。

 もともと長野・佐久長聖高時代に1万メートルで28分7秒39という破格の高校記録を出し、2009年には当時日本歴代3位の27分38秒25で走った希代のスピードランナー。そこに我慢強さが加われば、才能がマラソンで開花するまでに時間はかからなかった。17年10月にはハーフマラソンで自己ベストを出すと前回の東京マラソンで2時間8分58秒でMGC出場権を獲得。「MGCを取れてベルリンもタイムが悪いなりにまとめられたのは成長だと思う」と手応えを口にする。

 東京マラソンを前にした今年1月には所属する日清食品グループが活動を縮小し、駅伝から撤退することが決まった。「会社として一番重要視されている駅伝で結果を出せなかったのは、競技者としてまだまだだった。マラソンがメインという甘えもあったのかもしれない」と責任を感じつつ、「改めてこういう世界にいることが分かった。結果にはこだわらないといけない。自分の商品価値を上げないと」と気を引き締める。

 東京マラソンでは佐久長聖高の後輩で、日本記録(2時間5分50秒)保持者の大迫傑(27)=ナイキ=との対決も待ち受ける。1万メートルでロンドン五輪代表を懸けた12年の日本選手権では0秒38差で組み伏せ、大迫が悔しさのあまり拳をトラックにたたきつけたという因縁がある。

 「マラソンに関しては(大迫の方が)僕より力は上。そこは認めないといけない」と敬意を払いつつ、「だからと言って勝てないわけではないし、誰に対しても簡単に負けていいとは思ってない。1番になりたいという気持ちがなければ、ここまで続けられていない」と、長年男子長距離のトップに君臨し続けてきたプライドをのぞかせる。日本屈指のスピードランナーが、その真価を東京で発揮する。

<佐藤悠基(さとう・ゆうき)> 1986(昭和61)年11月26日生まれ、静岡県清水町出身の32歳。179センチ、60キロ。小6で陸上を始め、清水南中では3年時に3000メートルで当時の中学新記録を樹立。長野・佐久長聖高では3年時に1万メートルで高校新記録を樹立。2005年に進学した東海大では1年時に1万メートルで日本学生対校選手権優勝、ユニバーシアード1万メートル4位入賞。箱根駅伝では3年連続区間新、区間賞。09年に日清食品グループに入社。11年に日本選手権1万メートル初優勝、同年世界選手権代表に選出。翌年の日本選手権1万メートルも制し、ロンドン五輪に出場した。

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