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【プロ野球】

セ最悪16連敗ヤ…1970年もヤクルトだった

2019年6月2日 紙面から

DeNA−ヤクルト 9回、険しい表情で試合を見つめるヤクルト・小川監督(右)(七森祐也撮影)=横浜スタジアムで

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◇DeNA7−0ヤクルト

 DeNAが4連勝。2回に上茶谷、神里の適時打と宮崎の2点二塁打などで5点を先制。5回には神里が2点三塁打で加点した。上茶谷はプロ初完投を完封で飾り3勝目。ヤクルトはプロ初先発の清水が崩れ、セ・リーグワーストタイの16連敗。

   ◇

 降り続く雨がやむ気配がない。ヤクルトがDeNAに0−7で完敗し、自チームが1970年に作ったセ・リーグワーストに並ぶ16連敗。ロッテが98年に記録したプロ野球ワーストの18連敗も迫る窮地に陥った。小川監督は「結果なので、それに対してのコメントは…」と力なく肩を落とした。

 球団ワーストタイ月間20敗の5月から、月が変わってもチームの暗雲は停滞したままだった。プロ初登板初先発のドラフト1位・清水が2回に集中打を浴びて一挙5失点。4イニングでKOとなった。デビュー戦のルーキーに大型連敗阻止の重責はあまりに酷だった。打線は上茶谷の前に4安打に終わり、プロ初完投初完封勝利を献上。5月14日の広島戦(マツダ)から始まった連敗中、3回までに失点したのは14度目で零封負けは4度目の惨状だ。

 敵地のスタンドで「連敗を止めて」のボードを掲げた女性ファンの声援も報われず、連敗前の貯金5から借金11に。そんな状況でも、試合観戦後の衣笠球団社長兼オーナー代行は「一緒にやってきた監督と戦っていくつもり。監督には頑張ってほしい」と強調。補強などのテコ入れについては「現場から声が上がってくれば受け止める」とした上で、現体制で難局を乗り切る方針を示した。

 序盤から低迷した2010年には高田監督が5月終盤に辞任した。昨季は交流戦前の最大借金11から、驚異的な巻き返しでリーグ2位になった小川監督。真っ暗なトンネルをさまよう指揮官が、どんなかじ取りをするのか。その前のラストゲーム、2日は原を通常より登板間隔が短い中4日で先発させ、負傷で離脱していた抑えの石山も1軍に復帰する見込み。何とかものにし、一呼吸置きたい。 (小林良二)

◆1970年も記録

<1970年のヤクルト> ヤクルト本社が経営権を単独所有したことに伴い、前年の「サンケイアトムズ」から「ヤクルトアトムズ」に名称を変更。投打ともに戦力不足は否めず、5月中旬以降は最下位から一度も抜け出せなかった。8月4日の阪神戦から25日の中日戦まで16連敗を喫し、就任3年目の別所毅彦監督は11連敗後に解任。小川善治2軍監督が代理監督となり、5連敗後の26日・中日戦に2−1で辛勝した。その後も苦戦は続き、9月から10月にかけた22試合では1勝20敗1分け。最終的には33勝92敗5分けの勝率2割6分4厘で優勝した巨人と45・5ゲーム差、5位の中日にも22ゲーム差の最下位となった。

 

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