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【ドラニュース】

中日黄金期OB「今も那覇着くと吐き気が…」練習が多くて長い当時のキャンプ 弱体化は“練習しないから”か

2020年2月21日 紙面から

落合監督(左)から長時間のノックを受け、疲れた表情を見せる荒木=2009年2月15日、沖縄・北谷球場で

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◇龍の背に乗って <キャンプ編>

 黄金期を担ったあるOBが、壁に掛かっているカレンダーを見ながらつぶやいた。

 「これ、僕たちのころだとどうなっていたんでしょうねえ…」。いや、答えわかってるでしょ。9勤スタート。それ以外の選択肢は「あの人」にはない!

 落合監督時代のキャンプは原則、月曜日が休日。つまり、今年のように土曜日がキャンプインだったら2勤?あり得ない。第1月曜日(3日)は練習し、10日が初休日となったはずだ。なぜ「はず」なのかと言うと、8年もあった落合時代だが、奇跡的に土曜スタートはなかったからだ。ちなみに日曜スタートの2004、09年は当然のごとく8勤で始まり、なおかつ1日が長かった。

 「そうそう。僕なんかはホテルに帰るのが8時とか8時半。食事会場に行っても、カピカピに乾いたおかずしか残ってないんですよ。それでも食べなきゃ…。そして、すぐ寝なきゃという毎日でした。今でも那覇空港に着いたら動悸(どうき)と吐き気がするんです」

 続いての証言者は当時は若手だったOB。彼は翌日も生き残るために食べ、寝た。最後は当時も今も、キャンプを支える現地アルバイト。青年は中年の入り口に差しかかり、今やスタッフの生き字引である。

 「落合監督のノックを受ける荒木さんの横で球拾いをしていました。その荒木さんが今はノックを打っている…。あのころは本当に長かったですよね」。日給の彼らは真っ暗になるまで付き合わされて、良いことなど一つもなかったが、今となっては思い出なのだ。

 輝いていた太陽は沈み、なかなか夜が明けない。今年は4勤で始まった。「練習しないからだ」。弱体化の理由を、当時の指導者のほとんどはこう断じる。それは違うと僕は思う。「キャンプで走り込んだ体力の蓄積が1年間を支える」などという考えに至っては、専門家は全否定する。しかし、当時は強く、今は弱い。これもまた事実。「昔は良かった」という声を封じるには、結果しかないのだ。

(渋谷真)

 

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