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【ドラニュース】

3連勝から3連敗「悲運の将」に何を聞いても無言だったあの息苦しさは忘れられない…みんな高木守道さんに甘えていた

2020年1月19日 1時0分

3連敗を喫した試合後、記者らに囲まれて球場を後にする高木監督(中央)=2012年10月22日、東京ドームで

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【歴代番記者が悼む】

 中日は18日、球団OBで元監督の高木守道さんが17日午前4時3分に急性心不全で死去したと発表した。78歳だった。葬儀・告別式は家族葬で行う。

 みんな高木さんに甘えていた。私もそう。昨年12月、立浪さんの殿堂入りパーティーで久々に話した。「最近は女房とずっと家におるだけだよ」。何だか退屈そうな高木さん。「またドームにも来てください」と言った私に、少し寂しそうな笑顔を見せた。

 あのときなぜ食事に誘わなかったのか。番記者時代、遠征先では毎日のように誘ってくれて、焼き肉にしゃぶしゃぶ、お好み焼き…、食べきれないくらいごちそうになったではないか。近々の約束をしなかった自分を責めても、もう遅い。

 誰もが甘える仏の顔。一枚向こうには鬼がいることも知らされた。

 第2次政権の1年目、巨人とのCSで3連勝し、3連敗。翌日の東京駅、朝一番の新幹線で隣に座った。一夜明けたのに、高木さんは顔も目も真っ赤。鬼の形相だった。

 何を聞いても無言。1年間付き合い、初めてだった。2人きりで沈黙の時間が数十分過ぎた。あの息苦しさは忘れられない。「お邪魔しました」。そう言って席を立った。私の存在すら悔しさで消えていたのか、高木さんは急に我に返って、照れ笑いを浮かべた。

 あの「鬼迫」が強い巨人を土俵際まで追い詰めたのだと思う。最後は敗れ、「非運の将」という堪え難い呼び名を授かった。勝負に付き物である「時の運」さえ、高木さんに甘えた。(第2次政権担当・生駒泰大)

 

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