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【ドラニュース】

当たりくじ引いた守道さんに9年目の成長見せる 周平が4代目ミスター竜襲名へ思い新たに

2020年1月19日 紙面から

急性心不全で亡くなった高木守道さんを偲んで、黙とうを捧げる高橋=大阪府貝塚市内で(黒田淳一撮影)

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 26歳最初の一日は、ドラゴンズに導いてくれた恩人に捧げる黙とうで幕を開けた。中日・高橋周平内野手が誕生日だった18日、大阪府貝塚市の日本生命野球部グラウンドで自主トレを公開。2011年ドラフトでは3球団の1位指名が競合し、当たりくじを引いたのが17日に78歳で急逝した高木守道元監督だった。その抽選用紙を見ながら新年を迎えたことを明かし、後継「ミスター」襲名への思いを新たにした。

 室内練習場内の人工芝に足を踏み入れる高橋が歩みを止めた。静かに目を閉じる。向いた方角は東。大阪から高木さんが眠る名古屋の方を向いた。

 「ボクとドラゴンズとの縁をつないでくれた方です。ご冥福をお祈りします」

 驚きのニュースは携帯電話で知った。17日夜。翌日が自身の26度目の誕生日ということは頭からすっかり飛んだ。自主トレをともにする大島らと連絡を取り合った。最後の別れをするため、大阪滞在を切り上げて名古屋へ帰ることを考えていたが、家族葬と知り、そのままトレーニングを続けることになった。

 8年前、高橋は東海大甲府高の3年生だった。「目玉」として迎えたドラフト会議はテレビで見た。「落合さんから監督が代わるのは知っていたんですけど、高木さんがどういう方なのか…」

 学校内で聞き回り、ネット検索し、名球会員で「2代目ミスタードラゴンズ」であることなどを把握。偉大さを理解した。運命を分ける抽選。オリックス、ヤクルト、中日の3球団が1位競合した末、高木さんが当たりくじを引き当てた。

 昨季は三塁でベストナインに選ばれるなど、チームの顔に成長する1年となった。年の瀬、見つめていたのがドラフト時の抽選用紙だった。神奈川県藤沢市の実家には、高橋のお宝グッズを展示する4畳ほどの部屋がある。そこにある一つの額縁。18歳の高橋のサイン色紙と、高木さんが直筆で「おめでとう」とメッセージを添えた「交渉権確定」の用紙が収められている。

 その部屋で、入団時の背番号31のユニホームなどを背に家族や親族に「1年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします」と声を掛けてから新年を迎えた。

 高木さんとの監督−選手の間柄は2012年からの2年間。「おい、周平!!」と呼び止められるのがかわいがられている何よりの証拠だった。ノックを受けたり、ロングティーのトスを上げてもらったりした日々が思い出された。

 笑う顔、怒っている顔、記憶の中の高木さんの表情はさまざま。ただ、天国から声を掛けられるとしたら「頑張れよ」。その顔は笑っている。18歳4カ月で放ったドラフト制以降の高卒新人最年少アーチ、2年目の球団史上最年少逆転満塁弾。ベンチで迎える高木さんはいつも笑っていた。

 高木さんも出席した昨年末の立浪和義さんの殿堂入りパーティーでは、中締めのあいさつを任された。「いつかはミスタードラゴンズと呼ばれるように」と言った。

 

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