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【ドラニュース】

【龍の背に乗って】引退登板4球締め

2019年3月3日 紙面から

引退試合で先発する岩瀬(中嶋大撮影)

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 岩瀬がラストボールに選んだのは、12年前に首を振ったあの球だった。

 「最後は自分の持ち味のスライダーを投げようと思っていたんです」。追い込んでからの122キロで井上に空振りさせた。代名詞で野球人生を締めくくった。

 1月に記者仲間でちょっぴり遅い慰労会を開いた。その席で、僕がずっと聞きそびれていた質問をした。「最後の球、なんで首を振ったの?」だった。2007年11月1日の日本シリーズ第5戦。あの完全試合継投の最終球である。打者は小谷野。カウントは2−2。谷繁のサインに岩瀬は首を振った。141キロのストレートを投げ、二ゴロに打ち取った。

 「谷繁さんのサインはスライダーでした。あの状況じゃなきゃ、うなずいてましたよ。でも振らなかったらどうします? いよいよ真っすぐしかなくなる。だから(二択のあるうちに)決めようと思ったんです」

 四球すら許されない究極のミッション。フルカウントにしてしまえば、小谷野は真っすぐ一本に絞る。一つ余裕のある2−2で決着をつけにいった。三者凡退を義務付けられたあのときのマウンドで、岩瀬はここまで考えられる投手だった。

 2月下旬。北谷のブルペンに歴代のセーブ王が顔をそろえた日があった。通算193セーブの江夏豊さん、234セーブ(日米合算)の小林雅英さん、139セーブの赤堀コーチに407セーブの岩瀬。練習後に話し込む赤堀コーチと岩瀬の姿が印象に残っている。

 僕はどちらからも内容を聞いたが、2人が一致したのは「クローザーとはメンタルである」という結論だった。勝っても人の功績、負けたら全責任を負う。やられるたびに心を強くし、神経を太くした。

 「プロで初めて楽しい気持ちでマウンドに上がりました。今ですか? ポッカリ穴が空いたままですね。まだ前には進めてないです。時間をかけて、ゆっくりと前を向かないといけない。20年間の重みを取らないと」

 なお定まらぬ与田竜の9回。誰が選ばれるにせよ、偉大すぎる先輩の覚悟を知っておいて損はない。

(渋谷真)

 

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