トップ > 中日スポーツ > ドラゴンズ > ドラ番記者

ここから本文

【ドラ番記者】

ドラ番記者

2019年3月25日

 「もう本当にお疲れさまとしか言いようがないよね。45歳まで現役を続けられたのも、彼だからできたことだと思う」

 22日のジャイアンツ球場でしんみりと口を開いたのは小笠原2軍監督だ。前夜(21日)に引退を表明したマリナーズ・イチローとは同い年。2000年までは同じパ・リーグに所属したが接点は少なく、希少な機会だったオールスターは「自分のことで必死だったよ」という。初めて同じユニホームに袖を通したのは2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック。「常に同じルーティンを繰り返していた」と振り返った。

 1973年生まれは2人以外にも好打者がそろう。平成唯一の三冠王である松中信彦、中日でも日本シリーズMVPに輝くなど活躍した中村紀洋…。取材中、目の前を通り過ぎる竜の背番号7に、次なる打者豊作世代の象徴を期待する記者でした。

(長森謙介)

 

PR情報

閉じる
中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日スポーツ購読案内 東京中日スポーツ購読案内 中日スポーツ購読案内 東京中日スポーツ購読案内 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ