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【コラム 竹下陽二の「Only Human〜みんなただの人間〜」】

ノムさん、ありがとう…野村克也番30年の記者がつづる渾身の追悼コラム

2020年2月12日 10時25分

ノムさんが「生涯一記者」と書いてくれた色紙

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 虫の知らせだったか。朝、なんの脈略もなく、ノムさんと撮ったツーショット写真を整理したくなった。どこにしまったかなあと思っているところで「ノムさん、死去」と知らせが舞い込んできた。ウソでしょ!? 92歳でもう1回、人生のピークが来るって言ってたじゃないですか!? 長嶋さんより長生きするっていってたじゃないですか!?

 出会ってから、かれこれ、30年弱。栄光のヤクルト監督時代、失意の阪神監督時代、再起を目指したシダックス監督時代。良いときも悪いときもノムさんを見てきた。84歳になった評論家のノムさんは車いすに乗って球場にやってきた。

 「いかに楽して死ぬかしか考えとらんわ」「お前、線香の1本ぐらいあげてくれるよな」。ブラックジョークを言いながら、鋭い視線をグラウンドに投げかけた。昨年6月、ナイター後にノムさんと東京都内のすし屋さんに出掛けた。締めの深夜のパフェにぱくつきながらノムさんは「お前も出世せんなぁ」と哀れむような顔で私を見詰めた。私が「ボクは文章を書くために新聞社に入ったんです。出世なんて考えたことないです」と言うと、ノムさんは「お前も良いこと言うようになったな。見直したよ」とうれしそうに笑った。

 現役時代、生涯一捕手を座右の銘としたノムさん。失礼かなとは思ったが酔った勢いで「今度、色紙に生涯一記者と書いてくださいよ」と軽い調子で頼むと、ノムさんは「いいよ」と快諾。以来、そのことが頭から離れず、私は決行のタイミングを見計らうヒットマンのように色紙と筆ペンを持ち歩いた。

 球場で会ってもなかなか言い出せずに、昨年11月にトークショーでの控室でノムさんに切り出した。ノムさんの血と汗と反骨魂がにじんだ「生涯一捕手」をもじって「生涯一記者」なんて、気分を害さないかと思ったが、どうしても書いてほしかった。そうしなければ後悔する気がした。ノムさんは「そんな約束したかなあ」と言いながら、丁寧に文字をしたためた。その間、私はドキドキしながら書き終わるのを待った。「監督、来年、また、どっか行きましょね。カラオケとか」というと、ノムさんは「あいよ」と言った。そして、それが、この世で交わした最後の言葉となった。

ヤクルト監督時代のノムさんを取材する記者(左隣)

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 最初の出会いは、90年代初めの、ヤクルトの米アリゾナ・ユマキャンプ。30歳手前の私のひげ面を見て、ノムさんは「お前、なんで、ヒゲ伸ばしてんのや? ヒゲを伸ばすヤツは陰にこもるヤツが多い。暗い! 球界では江夏やろ江本やろ…」と始まった。それでもそれとは言われなかった。1回、ヒゲをそってツルツル顔で球場に行ったことがある。褒められるかと思ったら「お前、なんで、そったんや。もっと伸ばせ」と言われた。一体、どうすればいいんですか! と突っ込みたくなった。以来、ヒゲ嫌いのノムさんの公認のヒゲとなった。

 ノムさんと、私は一つの共通点があった。それは、シャイで人見知りであるということだった。人付き合いもヘタで不器用。記者としての限界を感じていた駆け出しの私は「オレは対人恐怖症でなあ。よく誤解されるんや」と公言するノムさんに親しみを持った。ノムさんを書いていくうちに自分の味が出せるようになった。そして、出版社から本執筆の依頼まできた。事後承諾でノムさんに本を持って行くと「お前は、オレに足を向けて眠れんな。人のふんどしで相撲を取りやがって」とジロリとにらみ付けられた。

 しかし、翌日になると「これは、次の本の良いネタになるなあ。第2弾はいつや? むふふふ」と私をけしかけるのであった。野球を学び、人間くささを書く楽しみも知った。自信がなく廃業寸前の記者は、こうして再生されていった。50代、60代の頃は発言にトゲがあって、私はいつも胸にグサリと来る毒舌をかまされていた。傷ついたこともあった。正直、このクソオヤジと思ったこともある。しかし、ここ数年は随分、優しくなった。

 数年前、ノムさんの講演会の取材に行った時だった。控室であーでもないこーでもないと、世間話をしていると、お茶を持って女性スタッフがやってきた。その女性があやしい風体の私を不審げに見ていると、ノムさんは「コイツはね、ともに、良い時代を戦ってきた戦友なんや。類は友を呼ぶや。ヘヘヘ」と笑った。私のことをそう思ってくれたとは知らなかった。その時、ふと、年老いた親を見て「親孝行しなきゃ」と焦る息子のような心境になった。

 「カントク、そのうち、バリバリの野村シンパを集めて、野村会やりましょう」と言うと、ノムさんは「別にいいけど。どうせ、変わりモンしか集まらんやろ」とまんざらでもなそうだった。

 思えば、最後まで甘えっぱなしだった。盛大な野村会は実現しなかった。いつか、ノムさんに感謝の気持ちを伝えたいと思っていたが、別れは突然だった。自分の無精が恨めしい。恩知らずなヤツと思われたかな。言いそびれたけど、この場を借りて、お礼を言わせてください。ノムさん、ありがとう、あなたは私の恩人でした―。 (竹下陽二)

 

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