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【コラム 竹下陽二の「Only Human〜みんなただの人間〜」】

自分を取り戻した3年間の回り道。佐藤世那よ、アーム式でNPBに戻ってこい

2019年4月29日 18時13分

 いきなり、「あの人は今?」みたいになってしまうが、佐藤世那に会った。知る人ぞ知る、2015年夏の甲子園、仙台育英の準V投手。ドラフト6位でオリックス入団も昨年オフ、3年で突然のクビ。世那の「それから」を知りたかった。

その語り口をテレビなどで見て、純粋な男に違いないと思っていた。マウンド上で漂わすそこはかとない悲壮感も好きだった。プロ入り前からヒジを柔らかく使わないで投げる、いわゆるアーム式投法は故障しやすく大成しないと酷評された。でも、果たして、そうか。私は知った口をたたく否定派を見返してやれ、とひそかにエールを送っていた。しかし、2年目オフにアーム式を捨て、横手投げ転向。そして、戦力外。チーム事情もあるでしょう、そこをなんとか、もちょっと辛抱して見てやるわけにはいかんかったのですか? オリックスさん、というわけで、世那本人にアポを取った。プロ野球春季キャンプ真っ盛りの2月某日。所属するクラブチーム、横浜球友クラブの川辺和義監督と世那は約束の場所に現れた。

 それにしても、早すぎる戦力外?

 「クビになると分かってたら、最後は原点のアーム式で勝負したかった。でも、自分を貫けなかったのも、自分の弱さですから」

 どんな3年?

 「わけの分からない渦の中で勝手にもがいてました。今になって思うのは、もったいなかったと。ドラフト6位で、そんなに期待されたわけじゃない。伸び伸びできる環境だったのに。焦りしかなかった。応援してくれる人に申し訳ないと。早く、良い報告がしたいと欲ばかりで。高校時代は、(被災した)東北の人を喜ばせたいという思いがパワーになった。でも、プロではそれが空回りしました」

勝手な想像ですが、アーム式は通用しないという雑音にマインドコントロールされてたような気がするんですけど。

 「プロ入りした時は、知らず知らずのうちに、躍動感のない小さなフォームになってました。やっぱり、無意識のうちに気にしてたのかも」

こんなこと言っちゃ、あれだけど、この世の中、勘違いしたモン勝ちなところがあるじゃない? 「オレが佐藤世那だ」ぐらいの気持ちでガンガン突き進んでたら、結果も違ったかもよ

「高校時代は、『オレがオレが』のタイプだったのに、プロに入ったら、レベルの違いを肌で感じてしまって。自信を無くして。周りが気になりだして。気になり出すと、なかなか、それを、排除できませんでした…。ボクは自意識過剰気味なんですよ。余計な気を使う。たとえば、タピオカを買うために女子の行列に並びたいんですが、恥ずかしくできない。誰も気にしちゃいないのに。で、ま、いいか、と」

 ふーむ、なるほど。そんな自分がいると。これは、冷静かつ客観的な自己分析です…(笑)  

世那の心のヒダに触れようとコーヒーをちびちびやりながら、あーでもない、こーでもないと、こんなやりとりを1時間以上続けていると、それまで、沈黙していた川辺監督がおもむろに口を開いた。

 「ボクは内野手出身だけど、ピッチャーって相当、楽しいと思う。スポットライトのど真ん中で注目を一身に浴びて。ましてや、あの甲子園の決勝のマウンドに立てるのは、一握りの選ばれし人間ですよ。まずは、あの喜びを世那君に取り戻してほしいと思ってるんですよ!」

 すると、世那はキラキラした遠い目で「あの燃えるようなアドレナリンはここ3年、出てこず! です。これからは、自分のために投げてみたい。納得して、悔いなく野球から退けるように、やり切りたい。2年後のNPB復帰を目指します! それが、お世話になった人への恩返しにもなる」とつぶやいた。

 あの神様イチローは人に喜んでもらうことがパワーになった、と引退会見で言った。世那も甲子園では似たような境地になりながらプロで苦しんだ。人のためか、自分のためか。たぶん、正解はない。世那は、これから、自分のために投げると言いながら、やはり、最後に恩返しと言った。矛盾するようだが、そこが、いかにも律義な世那らしい。暗闇の中をさまようような3年間は、見失った自分を取り戻すために必要な回り道だったということではないか。あとづけでも良いから、そう思える人生にしてほしい。世那よ、堂々とNPBに戻ってこい。その時は、アーム式で―。

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