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【Penペン草紙】

耳の障害を乗り越え、友とともに歌った「荒ぶる」 早大ラグビー部 岸野楓

2020年2月17日 18時0分

下級生との追い出し試合で、赤黒のジャージーに袖を通した岸野楓

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 ずっと気になっていた。岐阜に勤務していたころに取材してから。

 生まれたときからほとんど耳の聞こえない岸野楓(かえで)が岐阜聾(ろう)学校から早大ラグビー部の門をたたき、どんな4年間を過ごしたのか。そして最終学年の今季、宿敵の明大を破った大学選手権決勝。日本一になったときにしか歌うことが許されない部歌「荒ぶる」をどんな気持ちで歌ったのか。

 ようやく聞くことができた。4年ぶりに会ったそのまなざしはどこか弱々しい、不安そうな陰りが消えていた。

 「とにかくやり切った。悔いはない。最高の仲間と荒ぶるを歌えて幸せだったし、感動的だった。これまで見たことない風景が広がっていた」

 新国立競技場の最上階まで埋め尽くした満員の観客席を、トラックから見上げながらの凱歌(がいか)。あらゆる苦労が報われた瞬間でもあった。入学時は72キロの体重が89キロに達した。ポジションはフランカー。高校までは「痛いプレーは敬遠していた」。しかし、激しいレギュラー争いの中で生き残るため、タックルや誰もが嫌がる密集での痛いプレーを磨いた。「今は好き。密集に入りたい」と自身の強みとなった。

 それでも岸野は、最も成長したのはプレーでなく、内面だという。

 「自分に自信を持てなかった。耳が聞こえないことでいじめられるのではないかなどと、いつも大きな不安があった」

 早大ラグビー部では無用の心配だった。指導者、部員にも特別扱いはされなかった。むしろ逆に、自分に目も向けていないことが心地よかった。みんなと同じように公式戦で着る赤黒ジャージーだけを目指した。

 「日本一を本気で目指すには、まず一人一人が日本一になるのにふさわしい人間になる必要がある。自分を律する大切さを学んだ。食事や睡眠、プライベートに至るまで全てをラグビーに生かせるよう意識した。自分の全てをかけて没頭したことで、人間性を高めることができた」

 入部して間もないころは、耳の障害を否定的に考えることがあった。しかし次第に障害は乗り越えるべき問題だと思うように。「障害者に変わりはないけど、障害を言い訳にするのはやめよう」。そう心に誓った。

 それからグラウンド内外で意思疎通を積極的に図った。「自分の考えを伝えると、相手から多くの情報を得られる」。打てば響く世界を知った。これまではそのままにしておいた問題も「乗り越えるにはどうすればよいのか」と考えるようになった。

 高校時代は教員を目指していた。今は、少し違う。「教員とは違った道で障害のある人たちに影響を与える仕事がしたい。教員になるとしても、社会経験を積んでからの方がいいのではないか」

 日本一を目指すチームに身を置いて視野が広くなり、世界観が変わった。閉ざされた社会から勇気を持って飛び出せば、受け止めてくれる世界がある。もう少し先の自分の可能性を追いかけたくなった。

 今春から東京学芸大の大学院に進み、特別支援教育を学ぶ。勉学に集中するため強度は落ちるが、大学のラグビー部で競技を続けるつもりだ。「次の道にも壁はある。また向き合い、乗り越えていきたい」。その瞳は穏やかなのに強さをたたえていた。 (末松茂永)

下級生との追い出し試合後、同期の仲間と記念撮影する岸野楓(2列目右から2人目)

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