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【Penペン草紙】

「ワンチーム」の持つ深い意味 ラグビーW杯後のプロ化につなげるために

2019年11月11日 18時0分

アイルランド戦の前半、スクラムでファールを誘いガッツポーズの具(中央左)と堀江(同右)

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 「ONE TEAM」の理念は、流行語大賞の候補になるほど瞬く間に広がった。アジア初開催のラグビーW杯日本大会。6カ国の海外出身者が入り交じる日本代表は「ワンチーム」を合言葉に結束力を高めた。アイルランド、スコットランドを連破し、史上初のベスト8に進んだ戦いぶりは、初めて見る人の心までをわしづかみにし、揺さぶった。

 気は優しくて力持ちの韓国出身のプロップは、スクラムで押し勝つと鬼の形相でガッツポーズを繰り出し、肋骨(ろっこつ)を痛めて退場すると悔し涙を流した。アイルランド戦でゲーム主将を務めた南アフリカ出身の好漢は、勝って男泣きする「笑わない男」に肩を貸した。ニュージーランド出身の38歳は、想像力を上回る気迫のこもったタックルを繰り返した。

 「外国人が多いよね」。これまで代表が注目を集めるたびにささやかれた声は、かき消された。試合を通じて、チーム内の信頼関係や献身的なプレーが見る側にも伝わった。大会後、2カ月ぶりに参加した卓球練習で会った60代主婦は言った。「こんなに盛り上がるとは思わなかった。体が小さいのにみんなで走ればなんとかなるものね。外国人がいることなんて忘れて応援しちゃった」

 ワンチームという言葉が世界に広まったのは、1995年の南ア大会だ。アパルトヘイト(人種隔離)撤廃後の自国開催で、南アが初出場、初優勝を飾ると、「ワンチーム、ワンカントリー」のチームスローガンが国内外で脚光を浴びた。

 南アを率いて2007年大会を制し、昨季までトヨタ自動車を指揮したホワイト元監督は今年4月、予言するかのように語った。

 「南アはW杯を制覇して国が変わり、政治が変わった。それまで考えつきもしなかった白人と黒人の人種融和はある日突然、訪れた。日本大会も、ラグビーを通じて人々が結びつき、特別な価値観が生まれる素晴らしい機会になるはずだ」

 今大会が南ア優勝で閉幕したことは、ワンチームの物語をより味わい深くする。エラスムス監督は、経済や治安が不安定な母国を鑑みて「ラグビーで希望を与えよう」と選手の意識改革を進めた。黒人初の主将コリシは優勝会見で喜びに浸るのもつかの間だった。

 「僕たちの国にはいろいろな問題がある。いろいろな背景を持つ、いろいろな民族の選手が集まり、一つの目標に向かって一丸となり、国のために戦った。一つになれば何かを成し遂げられることを見せたかった」

 日本国内では、プロリーグ構想が持ち上がる。少子化の将来を考えたら待ったなしだが、関係者の足並みはそろっていない。1チーム15人と競技人数が多く、肉体疲労の激しさから試合は連日できない。卓球やバスケットボールと違い、プロスポーツのビジネスモデルには成りにくいという見方もある。しかし、日本ラグビー協会のコーチ育成責任者、中竹竜二理事は言う。「ラグビーにとらわれず、スポーツが人類のためになると考えれば乗り越えられる」。同感だ。目の前の損得勘定ばかりでは未来がない。

 余談であるが、浜松のある夜を思い出す。リオ五輪のメダリスト、水谷隼や伊藤美誠がかつて通った教室で、20余年も無給で指導を続けるコーチが酒場で言った。子どもの成長を楽しそうに語りながら「金じゃねぇ、酒だよ」と。日本ラグビー界も、金じゃねぇの後に続く新たな価値観を共有できれば、プロ化も成功するはずだ。 (末松茂永)

アイルランド戦の後半、アイルランド選手の突進を防ぐリーチ(右から2人目)、ラブスカフニ(左上)、ムーア(同下)

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