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【Penペン草紙】

楽天の石井GMと三木新監督の意外な関係 現役時代はヤクルトで同僚…でも「初めての電話が去年」

2019年10月31日 18時0分

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 楽天の新しい指揮官に就任したのは三木肇監督(42)。「誰?」と思う人の方が多いかもしれない。12年間の現役生活で、最も1軍の試合に出場したのは、2002年113試合と01年87試合。その2年間ヤクルト担当だった記者でも、足が速かったことと、身体能力は高いのになかなかレギュラーを取り切れなかった、という印象くらい。実際、通算記録は出場359試合で打率1割9分5厘、2本塁打、14打点、30盗塁。最近、当時の担当記者と会うと、口をそろえて「あの三木君が監督になるなんて」と驚いている。

 その印象が変わったのは2015年。就任1年目の真中監督が、最下位だったヤクルトを14年ぶりのリーグ優勝に導いた時だ。真中さんが自分の懐刀として2軍コーチから引き上げ、ヘッド格の内野守備走塁兼作戦コーチに据えたのが三木さんだった。就任直後の真中さんに「監督としてどんな野球をしたいのか?」と聞いたときのこと。その答えが、あまりに意外だったのでよく覚えている。「三木の頭にある野球を実現したい。アイツは野球をよく知っていて、おもしろいことを考えている」

 現役時代にはそんな理論派の印象がなかったけど…。当時、失礼ながら三木さんに聞くと、「引退してから『ああしておけば良かった』『あれはこういう意味だったのか』とものすごく後悔した。同じ後悔を選手たちにさせたくないと思って、コーチになってから必死に勉強した」という。実際、コーチを務めた日本ハム、ヤクルトから西川、中島、山田哲と3人の盗塁王を輩出したのは、以前このコラムでも書いた通り。昨年は、楽天の石井一久GMに呼ばれて2軍監督に就任すると、1年で球団初のイースタン・リーグ優勝に導いた。コーチとしての技術指導だけではなく、指揮官としての能力も証明してみせた。

 真中さん同様、石井GMにとっても三木さんは持ち札の1枚だったのかもしれない。しかし、両者の現役時代を担当していたが、そんな印象は残っていない。これも三木さんに聞くと、「相手は大エースで、僕は控え。たまに後ろで守って、マウンドの後ろ姿をすごいなぁって見ていた。正直、雲の上の人だったから会話はほとんどしたことなかった。食事も行ったこと無かったし、初めての電話が、去年2軍監督の話をいただいたとき」という。ヤクルト時代の弟分というよりは、指導者になってからの実績を見ての抜てきだったのだろう。

 ヤクルトキャンプの時もアイデア練習や、選手と膝詰めで数時間も話し込んでいる姿をよく見た。この秋季練習も、よくコーチや選手に声をかけていた。意外性の男が新天地でどんなチームをつくるのか。現役時代の「三木選手」を知らない野球ファンにも、注目してもらいたい。(竹村和佳子)

 

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