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【コラム 光と影と】

普通のおじさんだってほしい ナイキの厚底シューズの大流行はもうだれにも止められない 時代の変化は止まらない

2020年1月30日 10時18分

ナイキのシューズは箱根駅伝でも席巻した

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 友人は病に倒れ、長い療養の末に復帰の途上にある。千葉県で農業を営む60代のおじさんだが、各地に「遠征」に出かけ、県内外を問わず、かなり知られた市民ランナーである。このK・Yさん、医者に酒を止められ、強度の運動を禁じられていたが、やっと、ビール少々、散歩程度の運動ならと許しが出た。

 で、おじさん、何をやったか。わずか数日前のSNSに躍るようなおじさんの投稿があった。

 「今〜うわさのナイキ厚底シューズを、GET!(ピンクは目立つので、ツートンカラー)………息子が、そんなにお父さん、シューズが気になるんなら、僕が半分お金出すからと〜全く走れない身なのに、買ってしまいましたよ……。履いた感じは、まさに別次元、ワクワク、クッション感、トランポリンの上で履く感じですね! 〜散歩だけですが〜 何故か、速く走れるようになる気分になるシューズですね!……当分、これで散歩します」 

 K・Yさん、佐倉市の近くに住み、佐倉でアスリート倶楽部を主宰した小出義雄さんとも親しく、私もその縁で知り合ったが、とにかく陸上好きである。関東近郊なら、トップの大会から小さな大会を問わず足を運ぶ。行けないなら、テレビで観戦を怠らない。そのうち気づいた。大会ごとに増え続けるナイキの厚底シューズにである。まして、どんどんたたき出される新記録のオンパレードに目が点。「なんだ、これは」というわけである。まだ、ランニングの許可は出ていないが、履きたくてしようがなくなったのであった。

 魔法のシューズについては、英国の複数メディアが「世界陸連が禁止の方向」と報じて、波紋が広がった。それが、ここへ来て、また英国メディアが「世界陸連は禁止しないかも」と報じた。世界の超トップから、フツーのおじさんまでが振り回されてきた。

 正式発表前の、あくまで私論だが、僕は「禁止されない」、「もはや禁止できない」のではないかと、思っている。東京五輪まで半年を切ったいま、陸上界に大混乱を招くのは必至である。世界のトップランナーの多くが、この恩恵を受けて記録を伸ばして五輪切符を得ているし、このシューズで本番を想定している。トラックの長距離にも厚底は進出しているのである。

 「値段が高いから不公平」というが、オリンピックや、世界最高峰に近づきたいトップクラスの選手にとっては、それほど高価とは思えない。件(くだん)のおじさんは、息子に半分出してもらって手に入れた。速く走りたいおじさんやおばさんたちが、ナイキの厚底シューズで走る姿が、ここ東京下町の緑地公園でも増えた。世界陸連が、オリンピックや世界選手権、公式大会での着用禁止のお達しを出しても、陸連とは無縁の大会は数多い。「そんなものあずかりしらぬ」となったら止められない。

 こどものころ、九州の村の駅伝で、青年たちが、得意げに「足袋」をはいて走るのを見た。もっとも、その後、早々にそれはシューズというより「運動靴」に取って代わった。1960年ローマ五輪のマラソンで、エチオピアのビキラ・アベベは10数キロで「走りにくいから」と、靴を脱ぎ捨て、裸足で走って金メダリストになった。そして、その後は、薄底・軽量の全盛期が続いてきた。

 何も持たずにするランニングにとって、シューズは唯一の道具だといってもいい。道具に改良が加わり、人の生活が変わってきたように、靴という道具に改良が加えられても何の不思議もない。時代の流れを、世界陸連がこの後、どう判断するかだろう。

 もし、厚底オーケーの判断がくだったら、それはそれでいいのではないか。ただ、記録が進歩したとしても、僕らは過去を否定してはいけない。初期の薄底シューズで走り、1964年東京オリンピックのマラソンに2時間16分22秒8を費やして得た円谷幸吉の銅メダルを笑ってはいけない。

 世界のトップは更なる高みを目指し、千葉のおじさんはワクワク感で厚底シューズを履けばいい。時代は誰にも、止められない。(満薗文博・スポーツジャーナリスト)

 

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