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【コラム 人生流し打ち】

[コラム]中日・パウエルが流行させたあの防具 開発の裏側には乱闘を嫌う彼の思いが秘められていた

2019年12月4日 11時23分

パウエルの左肘に装着されたエルボーガード、彼が防具普及のきっかけになった

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 今では高校球児でも当たり前につけるエルボーガード。普及のきっかけを作ったのは中日のアロンゾ・パウエルだった。

 かつてプロ野球では乱闘騒ぎが日常茶飯事で、ほとんどの発端は内角攻めだった。打者はどう対処したか。典型例は1987年6月11日の巨人―中日(熊本)。死球を受けたクロマティが宮下を殴ったあの試合である。

 「(同僚の)ゲーリーから聞いた話がきっかけだったんです。日本人は脅しておけば、厳しいところに投げてこなくなる、とクロマティが言っていると」

中日の宮下に暴力をふるう巨人のクロマティ=1987年6月11日

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 引退後、宮下昌己さんからそう聞いた。威嚇して防ごうとしたクロマティ。それに義憤を感じた宮下。少なくとも未必の故意はあったため、当てた以上は潔く殴られたわけだ。2人の是非をここで問おうというのではない。そういう心理で事件は起こったのだった。

 さて、1992年に来日したパウエルも1年目に左肘に死球を受け、打撃を崩した。だが死球を受けても平然と一塁に走った彼は、筆者にこう言った。「暴言をはいたり、暴力をふるっても家族が悲しむだけだからね。でも、頭部は絶対にだめだよ。それは許せない」。バットには家族の名前が書いてあった。

 彼が考えたのは用具で故障を防ぐ方法だった。まず、米軍がほふく前進の訓練に使う厚手のサポーターを着用したが、衝撃緩和には役に立たず、1年目のオフ、契約するミズノのスタッフで中日OBでもある旭和男さんに相談した。

 「最初はね、バレーボールの選手が使う膝当てのような動きやすいものを考えていたんですよ。そうしたら、パウエルが硬いものがいいと言うんであれこれ考えたんですよ」

 最終的には捕手が使うレガーズを加工することになった。だがサイズが違うため、パウエルから「ずれるし違和感がある」と何度もダメだしを食らったそうだ。

 その後、アメリカの小さなメーカーが肘当てを作っているらしいことが分かったが、現地でもほとんど知られておらず、日本にはノウハウもない。巨額の設備費をかけるわけにもいかず、試行錯誤の末、1点ものの強化プラスチック製エルボーガードが完成した。それが評判になり、やがて他社も参入し、プロ野球からアマチュア球界に広がるヒット商品になったのだった。

 中日には6シーズン在籍し、94年から3年連続で首位打者に輝いたパウエル。用具の貢献度は大きかっただろうし、その後さまざまな防具の導入を考えると彼が野球を変えたとも思う。

 来季、そのパウエルさんが中日のコーチとして戻ってくる。OBの入閣が少なくさみしい現状で、あの温かい人柄に触れることができるのはちょっと楽しみである。(増田護)

 

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