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【コラム 人生流し打ち】

「ノーサイド・ゲーム」にドラゴンズ守護神の息子 郭源治Jr.佳久創、ラグビーから俳優の道へ

2019年8月22日 17時24分

中日時代の郭源治さん(左)と明大時代の佳久創(右)

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チーム唯一の日本代表役

 やはり彼だったか。TBS系日曜劇場「ノーサイド・ゲーム」。エンドロールに佳久創とあったので納得が行った。「かく・そう」と読む。父は元中日の郭源治さん。1988年にはMVPに輝くなど絶対的守護神として活躍したあの大投手である。

 「ドラマ見てくれてるの? ありがとう。こっちではテレビは見られないけど日本の友人からたまに連絡をもらいますよ。応援してやってください。ところで電話代は大丈夫?」

 現在、源治さんは台湾でアマチュア選手に野球を教えている。国際電話の料金を気にしてくれるあたり、相変わらずやさしい。ちなみに「佳久」は国籍を取得した時に登録した姓である。

 創が出演しているのは池井戸潤さん原作のラグビードラマで、演じるのはチーム唯一の日本代表、里村亮太役。元日本代表の広瀬俊朗など選手役のほとんどがラグビー経験者で、愛知中・高―明大―トヨタ自動車でプレーした創もまずまず重要な役を任されている。

 ―2015年に創さんが引退したのは知っていたけど、なぜ俳優の道に?

 「選手時代、肩や脚など3回大きな手術をしてね。それが原因で引退したんだけど、もともと俳優にも興味があったみたい。性格も明るくて、小さいころは(双子の兄)耀くんとお芝居ごっこをやってたよ。引退が決まってから、役者の勉強をしていたらしい」

 ナゴヤ球場のスタンドで特製ユニホームに身を包み、父親を応援していたあの少年もいま28歳。筋肉質の体格に加え、細面で引き締まった顔つきが父をほうふつとさせる。

父は台湾で野球選手育成

 いや、外見だけでなくパイオニア精神も受け継いでいたようだ。誰もがうらやむ世界的大企業のトヨタに残れば高収入と安定は約束されたはずだが、それには見向きもしなかった。

 「好きなことをやりなさい、と言ってきたから、ボクは何も言わなかったよ。いいんじゃない」。1981年に来日した時、源治さんが手にしていたのは日本円で4000円と夏布団だけ。「あの貧しさがあったから頑張れた」と語ってきた伝説の人なのである。

 「ボクもまだまだ頑張るよ。日本の野球のいいところも選手たちに教えてる。いい選手を育ててどんどん日本にも送りだしたいね」

 創が出演するドラマはこれから佳境に入る。育成にかけた源治さんのチャレンジもまだまだ続く。2人の活躍、楽しみにしています。

 

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