トップ > 中日スポーツ > コラム > コラム 人生流し打ち > 記事

ここから本文

【コラム 人生流し打ち】

「おまえが書かなきゃ誰が書く」 「おまえ」にも呼び捨てにも線引きがある

2019年7月3日 21時42分

写真

 ドラゴンズの応援歌が話題になっている。チャンステーマにしている「サウスポー」の歌詞にある「おまえが打たなきゃ誰が打つ」という文言が球団内で問題視され、応援団に伝えられたという。ちょっと過剰だと驚いた。

 筆者も、上から目線で「おまえ」と言われると、相手が上司だろうと反発する。でも、気心の知れた先輩に親しみをこめて言われても腹は立たない。要は状況の問題で、そこにははっきりした線引きがあると思う。

 20年以上前になるが、高校野球で「○○(対戦校)倒せ〜」の応援が禁止になった。筆者には気にならないフレーズだったが、教育上好ましくないとの判断だったようだ。とらえ方は人によって違う。

 チャンステーマも、○○倒せのコールも早慶戦が発祥。半世紀ほど前に生まれ、あっという間に広まった。東京六大学では○○倒せは今も健在で、最近では○○ぶっつぶせ、と過激な歌詞も見受けられる(後者はちょっと品がない気がするが)。ともかく受け手の判断により、結果的に高校と大学の間に明確な線引きができた。

 球場では異様な光景を目にすることがある。それは選手の呼び捨て。試合前、練習を終えて引き上げる選手に向かって、ネット越しに敬称をつけずに声をかけるのだ。それも小学生が。もちろん選手は、年上だろうが子どもだろうが当然ムッとする。事態はこちらの方が深刻だ。状況判断できない子供たちを教育するのが大人の責任である。

 試合中、打席に入った大島洋平選手には「かっ飛ばせ、大島」だし、「大島、大島」の連呼でいい。でも選手個人に対するときは「大島さん」で、「打ってください」でなければならない。だからと言って応援で「打ってください、大島さん」はおかしい。

 そんな線引きは業種ごとにあり、CBCのアナウンサーだった後藤紀夫さんは「星野監督がおっしゃっていました」と若手が放送すると、「星野監督が話していました、でいいんだ。いやなら、山本昌さんがお投げになりました、と言えよ」と怒っていた。なるほど。

 新聞にも線引きがある。たとえば俳優やタレントは、芸能面では呼び捨てだが他の面で扱う時は敬称がつく。文章が冗漫にならないためと、活動への敬意が根底に流れているからだと思う。

 スポーツ紙には駄じゃれOKのルールも。調子がいいのに雨天中止になると「雨らめし」の見だしがよく使われてきた。もちろん「恨めし」が正しく、「子どもが間違えて覚えたらどうする」とお叱りを受けたことも。

 あれも、これも正論だが、独特の文化、本質も念頭に置きたい。

 

この記事を印刷する

PR情報

閉じる
中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日スポーツ 東京中日スポーツ 中日スポーツ購読案内 東京中日スポーツ購読案内 中日スポーツ購読案内 東京中日スポーツ購読案内 中日新聞フォトサービス 東京中日スポーツ