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【KOSHIEN新世紀】

高校野球読者番付

2015年11月24日 紙面から

読者が選ぶ「好きな球児」のトップに輝いた星稜の松井秀喜(1992年撮影)(下)明徳義塾戦での5打席連続敬遠は社会現象にもなった=1992年8月16日、甲子園球場で

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 2月にスタートした4紙合同企画「KOSHIEN新世紀」。これまでご協力をお願いした読者アンケートには、高校野球ファンから多くの声が寄せられました。今回は「番付発表」として、ファンの(1)好きな球児(2)名勝負(3)最強チーム−を発表します。1915年の第1回全国中等学校優勝野球大会から、今夏で100年−。どんな球児、チームの名前が挙がるでしょうか。

★好きな球児 強烈なインパクトを残した「5敬遠」

 あなたが選ぶ「好きな選手」は? この質問に実に54人の球児の名前が挙がった。

 1位に輝いたのは、星稜(石川)の松井秀喜。プロでの実績も素晴らしいが、やはり「ゴジラ」の異名で甲子園を沸かせたインパクトは抜群だったようだ。1992年夏の明徳義塾(高知)戦での「5打席連続敬遠」は日本中で議論となった。

 この敗戦が松井を伝説にした。愛知県東海市の今井隆さん(73)は「連続敬遠でもくさらずに試合をした」と理由を挙げる。名古屋市の望月孝夫さん(69)も「ルールとはいえ全打席敬遠。プロに入ってから爆発。すごかった」とした。実力と潔さが高い支持を得る理由かもしれない。

 1位がゴジラなら、2位はバンビ。東邦(愛知)の1年生エースとして、77年夏に準優勝した坂本佳一だ。甲子園のアイドルとして女性ファンのハートをつかんだ。

 福岡市の大神豊子さん(55)は「高校のころ、『かわいいな』と思って応援していました。友だちと騒いでいましたね! アイドルみたいな感じでした。そのころのことを思い出しますね〜」と、学生時代の初々しい思い出を寄せた。

 3位は怪物。作新学院(栃木)の江川卓だ。全国の強豪が「打倒江川」を掲げる中、異次元の快速球で三振の山を築いた。最後の甲子園だった73年夏は雨中の押し出し四球で散ったが、高校時代が一番速かったという声は多い。

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 4位には4人が並んだ。まずは「最強チーム」でも圧倒的に支持されたPL学園(大阪)の桑田真澄、清原和博の「KKコンビ」。2人は甲子園に5季連続出場し、決勝に4度進出。夏の優勝旗を2度も手にした。

 「KKコンビ」は個人成績もすさまじい。桑田は甲子園で通算20勝(3敗)をマーク。清原は歴代最多の甲子園通算13本塁打。高校野球の「最強コンビ」と呼んでも過言ではないだろう。

 浪商(大阪)の「怪童」尾崎行雄、下関商(山口)の池永正明も同数。いずれもエースとして甲子園制覇。剛球で名高い尾崎は柴田勲の法政第二(神奈川)との激闘、池永は2年生だった63年の春夏連続決勝進出でファンの脳裏に残る。

 駒大苫小牧(北海道)の田中将大は、2006年夏に斎藤佑樹の早実(東京)と演じた決勝の引き分け再試合が記憶に新しい。今夏は早実の清宮幸太郎ら新時代のスター候補生も登場。これからも新たな「好きな選手」が生まれていくことだろう。 (相島聡司)

 ★番外編 番付上は松坂、田中までだが、票を集めた「球児」は多士済々。元祖アイドルの太田幸司(三沢)、ドカベンこと香川伸行(浪商)、春夏連覇した立浪和義(PL学園)など、プロでも活躍した選手だけでなく、奇跡のバックホームを投げた矢野勝嗣(松山商)の名も…。ちなみに最年少は今夏を沸かせたオコエ瑠偉(関東第一)だった。

★名勝負 魂を熱くさせた延長戦の死闘の歴史

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 高校野球ファンの記憶に永遠に残り、語り継がれる名勝負。主催者からすると非常に悩ましい結果となった。というのも、上位にランクされた試合には「延長戦」という共通項がある。最も多くの支持を集めたのは1969年夏の松山商−三沢(青森)。決勝戦で引き分け再試合となった。2位の79年夏の箕島(和歌山)−星稜(石川)も延長18回の死闘だった。

 この試合を選んだ東京都小平市の中石洋子さん(53)は、試合内容だけでなく当時の状況も克明に記憶している。

 「子供のころ、手に汗握って、電気を付けるのも忘れて見ていました」。以下、7位まではすべて延長戦。ファンの大好物であり、名勝負の絶対条件だと証明された。

 タイブレーク制の部分導入は始まっており、高野連は近い将来には甲子園でも『延長○○回の死闘』をなくす方向で動いている。もちろん未来ある選手、特に投手の負担を減らそうという理由はよくわかる。日程面の緩和など、タイブレーク以外の方法で体調管理ができればベストなのだが…。

 また名勝負は、ときにその学校のチームカラーを決定づける。61年夏に延長11回に6点を取られながら、裏に6点を取り返し、12回でサヨナラ勝ちした報徳学園(兵庫)は、以後「逆転の報徳」と呼ばれた。78年の夏は準決勝で9回に4点差を追いつき、決勝戦は2点差をひっくり返したPL学園も「逆転のPL」の異名を持つ。

 当事者はもちろん、ファンの人生にも彩りを添えるのが名勝負。筋書きのないドラマを、これからも必ず見せてくれるはずだ。 (西下純)

★最強チーム やっぱり「KKコンビ」は強かった

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 4割近い得票だったのがPL学園だ。そのほとんどが「KK世代」と回答。桑田が投げ、清原が打つ。5季連続で甲子園に出たことも、PL学園を強く印象づけたのかもしれない。

 優勝回数、通算勝利数では圧倒する中京大中京が2番手。こちらの特徴は支持する「代」が幅広いことだ。優勝旗が盗まれた1954年、春夏連覇の66年、堂林翔太(広島)を擁した2009年…。

 回答者のうち最年長は、名古屋市の山田穎一さんの91歳。3つの質問に「3連覇の中京商」、「中京商−明石中の延長25回」、「中京商の吉田正男」と回答した。生観戦とはいかないまでも、ラジオで球音を聞き、手に汗握ったのかも。「KOSHIEN」100年の歴史を感じさせるハガキだった。 (渋谷真)

【へぇ〜】郷土愛をくすぐる色彩豊かな「名物」

応援スタイル 

PL学園の人文字

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 甲子園という「舞台」に全国のファンが熱くなるのと、地域性は密接に関わっている。必死に戦うのは選手だけではなく、スタンドも同じだ。出場校の生徒や卒業生はもちろん、その地域出身者も故郷の誇りを胸に声を張り上げる。彼らの郷土愛をくすぐる色彩豊かな応援も、甲子園には欠かせない名物だ。

 高知県代表ならよさこい踊りの必須アイテム・鳴子の拍子が心地よい。過去にグラウンド投げ入れがあって今はできなくなったが、広島県代表は特産のしゃもじを打ち鳴らし、選手を鼓舞していた風景も印象的だった。

 沖縄伝統のエイサー踊りが「華美にして奇異」と一度は禁止される主催者側の“失策”も、話題となった。

 野球王国と言われた愛媛から今年のセンバツに82年ぶりの出場を果たした松山東の応援団は「野球拳音頭」をアルプスで奏でた。野球拳は同県の社会人チームが、宴席でつくったとされている。誕生したのが甲子園球場と同じ1924年というのも興味深い。

 学校単位に目を移してもPL学園や智弁学園(奈良、和歌山)の人文字、東農大二(群馬)の大根踊り、新湊(富山)の熱狂的地元応援団など名物は引きも切らない。応援風景があってこそ、グラウンドの記憶はより鮮明に、脳裏に残るのだろう。

(次回は12月15日掲載)

 

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