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【スポーツ史 平成物語】

スピード出世で大旋風 武双山に続け!!大学出身力士

2019年2月15日 紙面から

平成12年大相撲初場所8日目、武双山(右)が押し出しで快勝。貴乃花は土俵に転落した

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第9部 大相撲編(3)

 平成になると大学の相撲部出身力士が急増した。きっかけとなったのはスピード出世で番付を上げ、関脇だった2000(平成12)年初場所で初優勝した元大関武双山の藤島親方(47)だ。「平成の怪物」と呼ばれた武双山の活躍に触発された学生相撲の力士が次々と角界入りし、切磋琢磨(せっさたくま)しながら力をつけていく好循環。最近は次々と三賞を受賞する力士が生まれるなど、多くの実力派力士や個性派力士が土俵を彩るようになった。

 御嶽海が初優勝を飾った昨年の名古屋場所。三賞は殊勲賞と技能賞が東洋大出身の御嶽海、敢闘賞が東農大出身の豊山と近大出身の朝乃山で、大学出身力士が独占した。その御嶽海が「理想の力士でした。入門後に会う機会があって、あのふくらはぎを見たとき勝てる気がしなかった。もう引退してるのにって」と衝撃を受けたのが藤島親方のことだ。

初優勝し時津風理事長(右)から賜杯を受ける武双山=両国国技館で

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 現在、学生相撲出身力士が珍しくないのは「平成の怪物」と呼ばれ、大学出身力士の代表格としてスポットライトを浴びた藤島親方の存在が大きい。専大を中退して武蔵川部屋に入門し、1993(平成5)年初場所にデビュー。それまで、平成の4年間では大学出身力士はわずか13人しかいなかった。

 藤島親方が入門を決めたのは3年生になる直前だった。「2学年上の先輩たちが、バババッとプロに入った。大相撲は別次元、違う競技のような感覚だったけど、大学の寮にBSアンテナを買って、戦っている姿を見るようになったんです。それまで一度も思ったことなかったんですけど、その姿を見て自分も勝負したいな、と思った」

 当時の付け出し規定は幕下60枚目格。現在の10枚目、もしくは15枚目格より条件は厳しいが、幕下で2場所連続全勝優勝を飾り、十両も2場所で突破。初土俵から所要4場所で新入幕を果たした。これは、幕下付け出しとしては元大関朝潮と並ぶ最速記録だ。さらに、入幕から所要3場所で新関脇昇進の史上最速記録を打ち立て、ブームを巻き起こした。

初優勝を決め、パレードに出発する武双山(右)。左は殊勲賞の雅山

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 当時は役者がそろっていた。番付の上位には曙、貴ノ花、若ノ花、貴ノ浪らが顔をそろえ、同部屋には武蔵丸がいた。「すごいときに、後追いで入った感じですね。いい時代に相撲を取らせていただきました」。猛者がひしめく中でも、光り輝いていた。

 だが、好事魔多し。その後は肩の脱臼など度重なるけがに泣かされ、大関昇進までは7年以上、44場所を要することになる。

 ようやくチャンスが訪れたのは、2000年初場所で初優勝を飾ってから。続く春場所には「10勝、13勝ときていた。目安でいえばその場所で10勝というのがありました。このチャンスで絶対に決めなきゃいけない、という意気込みはあった」と全てをかけて臨んだ。

 優勝した貴闘力には1差、及ばなかったものの12勝3敗の好成績。見事、大関の座をつかんだ。ただ、その代償として腰痛に見舞われた。翌場所から全休、4勝であえなく陥落。新大関から在位2場所での陥落は史上最も短命だった。

平成12年、秋場所千秋楽 琴ノ若(左)を押し出しで下し大関に返り咲いた武双山

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 それでも「負け惜しみじゃなく、自分が弱いからけがをする。関脇で10勝すれば大関に戻れるというルールがありましたから、それで戻れなければ、そこまでの力士だったと思っていた」と潔く受け止めた。続く秋場所の千秋楽で10勝目。1場所で大関復帰を果たした。

 ついに2度目の賜杯を手にすることはできず、04(平成16)年九州場所で引退。波瀾(はらん)万丈だった現役時代を「プロでお金を稼いでやろうとか、横綱になってやろうとか、1ミリも思ったことはない。小4で父から強制的に相撲をやらされてから、日々、強くなることだけを考えてきた。プロでも自分を鍛えて、磨いて、強くなりたいという思いだけだった」と振り返った。

 藤島親方の入門以降、200人近い大学出身力士が誕生した。この流れは今後も止まりそうにない。「間違いなく垣根はなくなってますね。身近な先輩や知り合いが入門しているケースがある。昔は遠い存在だった大相撲が、自分の少し後くらいから身近なものになったんじゃないですか。それぞれ覚悟を持って入ってきていると思うが、誰も知っている人がいないより、OBがいたり、昔対戦した選手が入っていたりすれば刺激がある。どんどん増えていくと思います」と分析する。

今や角界に欠かせぬ“一大勢力” 正統派から個性派まで多士済々

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 正統派の力士だけではなく石浦、炎鵬、宇良ら個性的な力士も次々と輩出されている。大学出身力士は、今や土俵の盛り上がりに欠かせない存在となっている。

 だからこそ、藤島親方は次のように大学出身力士の心構えを説く。「経験者という気持ちを捨ててこないと、大相撲の世界に失礼。ゼロから四股の踏み方、すり足の仕方を教えてもらうつもりで来てほしい。先輩が年下だろうが、敬意を表する子は大成する」

 これからも第二、第三の御嶽海や豊山らが現れ、新元号の土俵を盛り上げていくはずだ。 (岸本隆)

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 高校出身や大学出身の力士が増えていくにつれ、中学卒業後にすぐ入門する「たたき上げ」と言われる力士は減ってきている。中大を卒業し、幕下付け出しで入門した元関脇玉春日の片男波親方は、現在のスカウト事情をこう説明する。

 「今は高校、大学に行かせたいという親が多い。中学卒業後にやってみたいという子供はいるが、最終的には高校に行ってみたい、大学に行ってみたい、となる」

 中学卒業後に入門して活躍した元幕内隆の鶴の田子ノ浦親方も「今は難しいですね」と言う。ただ、大相撲は古くから「江戸の大関より故郷の三段目」と、ご当所力士を応援する風潮がある。田子ノ浦親方も自身の経験を踏まえ「中学を卒業して入門した力士には地元が根強く応援してくれます」とスカウト活動に力を入れている。

 日本相撲協会にも中卒力士をサポートする体制がある。通信制高校のNHK学園と連携し、昨年度までに28人が高卒資格を取得。現在も6人が在籍している。

 これは両国国技館の相撲教習所で週に1度、指導を受けることができ、年に2度の定期テストも相撲教習所で受けることができるもの。本場所や稽古の妨げにならないように十分配慮されており、勉強と相撲が両立できる仕組みが整っている。学生相撲出身力士と、たたき上げ力士の出世争いは見ものだ。

 

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