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【格闘技】

[ボクシング]中谷潤人はコロナ禍乗り越え世界奪う 4・4WBOフライ級王座決定戦がLA合宿中に中止決定

2020年3月26日 11時24分

コロナウイルス感染拡大による世界戦中止にもめげず、練習を続ける中谷潤人【関連記事】

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 コロナ禍直撃をどう乗り越えるのか。4月4日に決まっていたボクシングの世界タイトル初挑戦が新型コロナウイルスの影響で中止となった中谷潤人(22)=M・Tジム所属=がインタビューに応じた。三重県東員町の中学を卒業後、単身渡米するなどチャンピオンに向かって真っすぐに歩んだ。その夢は、つかむ直前に遠ざかった。業界のホープが今、何を思うのか聞いた。

 ―3月初旬、米国ロサンゼルスでの合宿中に中止が決まった

 「ショックなのはショックでした。ただ、多少の心構えはできていました。日本を出発したのが3月1日で、そのときは日本が感染拡大でどんどんやばい状況になっていたので、できないかもしれない、ということは考えていました」

 ―WBOフライ級王座決定戦で、相手は同級1位、フィリピンのマグラモという猛者だった

 「今回は中止になりましたけど、同じ相手ともう一度試合を組んでもらえるように話をしていただいています。自分では延期だと捉えています。世界がこういう状況なのでどうなるかは分からないですけど、それほど落ち込むこともなかったです。中止になったのは相手も一緒で、条件は同じですから」

 ―身長が171センチあり、リミットは50・8キロ。一度はきつい減量もした

 「試合が決まる前は60キロ弱くらいで、アメリカに行く前に55キロくらいまで落としました。向こうで中止が決まってから58キロくらいまで戻しました。そこからだと1カ月半くらいでリミットに落とせるので、今はそのままキープするようにしています」

 ―追い込みもした

 「2月に日本で走り込み合宿をして、3月はアメリカ合宿でスパーリングを多くさせてもらいました。10ラウンドした日もありましたし、トータル70ラウンドです」

 ―中止決定後、米国でのメニュー変更は

 「マネジャーから、この機会を成長できるタイミングとしてプラスに捉えて練習しよう、と話してもらえたので、試合前だったらできないレベルのきついスパーもしてきました。試合が決まれば、また2カ月くらい前からスパーを多くしていくので、いつでもしっかりした練習に入っていける体をつくっておかないといけないと思ってます」

 ―次の試合まで、維持ではなく成長を目指す

 「今までやってきたことをさらに突き詰めて、スキルアップするように考えて練習しています。それと、マグラモ選手のイメージをさらに膨らませる時間ができたと考えています」

 ―帰国は予定通り17日だった。現地の状況は

 「向こうに着いて間もない頃は、コロナというワードも出ることが少なかったし、みんな普通に生活していました。ジムにはいろんな国から選手が来ているんですが、普段と変わらず大勢練習していました。それからだんだんと選手たちもコロナ、コロナと言うようになり、人が少なくなっていって、最後はジムもガラガラでした。帰国2日前には町の店も閉められ、どんどん状況が変わっていきました」

 ―今の現地の状況は

 「ジムも閉鎖されているそうです。帰国がもう少し遅かったら、困っていたと思います」

 ―中止に周囲は

 「応援してくれる皆さんはすごく残念な気持ちがあったと思うんですけど、僕のことをすごく考えてくれて、気を落とさずに頑張って、と声をかけてくださいました。そんな方のためにも、しっかりしなきゃ、と思いましたし、ここでだらけることはできない、という気持ちになりました」

 ―キャリアを積む間に両親と弟の一家は東員町からジムのある相模原市に転居し、生活を支えてくれている。中止の報告をしたときの反応は

 「世の中がこういう状況になっているんだから、気を落とさずに頑張れ、と言ってくれました」

 ▼中谷潤人(なかたに・じゅんと) 1998(平成10)年1月2日生まれ、三重県東員町出身の22歳。171センチ。左ボクサーファイター。笹尾東小4年で空手を始め、東員二中では地元のボクシングジムに通った。卒業後、米・ロサンゼルスで約9カ月ボクシング修業し、現地の縁で相模原市のM・Tジムに入門した。2016年にフライ級で全日本新人王になり、19年2月に同級日本王座を獲得した。通算20戦全勝15KO。

 

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