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【格闘技】

松永健司さんの死で『全女』設立メンバーがいなくなったが…『全女イズム』は残っている[山崎照朝コラム]

2020年2月13日 18時47分

クラッシュギャルズと並んで写真におさまる筆者の山崎照朝

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 全日本女子プロレス(全女)創設者のひとりで副会長を務めた、松永健司さんが2月6日、肺炎で亡くなった。84歳だった。全女は松永家の4兄弟が1968年6月に設立。25周年記念の会社案内には「日本に女子プロレスが誕生した昭和29年11月からこの道一筋に携わっており、日本の女子プロレスの歴史はそのまま全日本女子プロレスの歩み」とある。

 WWWAシングル王者のマッハ文朱、ジャッキー佐藤&マキ上田の「ビューティペア」、そして長与千種&ライオネス飛鳥の「クラッシュギャルズ」で一世を風靡(ふうび)した。

 全女との縁は、入門3年目の長与千種を空手指導したのがきっかけだった。教えていて驚いたのは、夢を追う選手の強いプロ意識だった。選手の家庭事情はさまざまだったが、長与も飛鳥もダンプ松本も「親に家を建ててやりたい」と必死になって練習した。選手が必死なら経営陣も必死。まるで昔の浪花節のようで心地良かった。

 2005年4月17日の後楽園大会を最後に全女は解散した。あれから15年。松永さんの死で設立メンバーはいなくなった。それでも全女イズムは残っている。人気女子プロレス団体「スターダム」の創業者は、元全女の広報だった小川宏(ロッシー小川)さん。松永さんの長男は、元レフェリーのボブ矢沢(本名・太)さん。その矢沢さんからメールが届いた。「先生、父健司が兄弟のもとへ旅立ちました。今頃会長たちと再会を喜んでいると思います」…。胸が熱くなった。合掌。

 

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