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【格闘技】

村田、圧巻の初防衛! 息子との約束果たす「次の試合は見に行きたい」

2019年12月24日 紙面から

5回、バトラー(左)を攻める村田諒太=横浜アリーナで(伊藤遼撮影)

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◇WBAミドル級タイトルマッチ12回戦

 完璧な勝利で初防衛に成功した。ボクシングのトリプル世界戦が23日、横浜アリーナで行われ、WBAミドル級王者の村田諒太(33)=帝拳=は同級8位の挑戦者・スティーブン・バトラー(24)=カナダ=を5回2分45秒TKOで退け、王座復帰後の初防衛を果たした。強打を誇る挑戦者に完勝。村田と契約する伝説的プロモーター、トップランク社のボブ・アラム最高経営責任者(CEO)は来年のビッグマッチを予告した。

 ニュートラルコーナー。右ストレートでグラついた挑戦者を追い詰めた村田の左が、まともに挑戦者のアゴを打ち抜いた。糸が切れたように崩れ落ちる姿に、レフェリーがカウントも数えずに割って入る。5回2分45秒、TKO。村田が文句なしの、完ぺきな勝利を手にした。

 「初回からジャブの感覚はつかめていた。2回の最後からは右も当たると思った。挑戦者はジャブが固くて、右も思ったより貫いてきて、いい選手だった。24歳と若くて、チャンスをつかんで成長するんだなと。フィニッシュの持って行き方なんてわかんないスわ(笑)。倒れたからOK」。左目の周りを赤く腫れ上がらせながらも、輝くような笑みを浮かべた。

 10月、村田の心が揺らぐニュースがあった。約2年間、試合があるたびに村田のスパーリングパートナーを務めてきた元スーパーウエルター級世界ランカーのパトリック・デイ(米国)が、試合中のダメージが元で27歳でこの世を去ったのだ。

 直後には「いろいろ思います。インスタグラムとか更新する気になれなかった。でも、こうして生きて、ボクシングできていることが幸せなことなんだ、がんばんなきゃいけない、と思った。それがモチベーションと言えばそうなのかもしれない」と心境を明かした。パトリックのため、とは口にしない。だが、ボクシングが、ドラゴンボールが大好きで、誰よりも練習熱心で、目を輝かせてボクシング談議をした男のことはずっと脳裏にある。

 KO率8割、タイトルマッチが決まるまでWBO1位。誰もが認める強打の挑戦者に打ち勝ち、マットに倒したのは、そんな思いを込めた拳だった。「息子に、次の試合は見に行きたいから絶対に勝って、と言われていた。約束を果たせてよかったです」。父親の顔で笑った村田は、背負うものを力に変えながら最激戦階級のミドル級タイトルを持ち続けている。 (藤本敏和)

<村田諒太(むらた・りょうた)> 1986(昭和61)年1月12日生まれ、奈良市出身の33歳。183・5センチ。南京都高(現京都広学館高)で高校5冠を達成し、東洋大に進学。東洋大職員だった2012年ロンドン五輪男子ミドル級で金メダル。13年8月プロデビュー。17年10月にエンダム(フランス)との再戦に勝ち世界王座獲得。昨年4月には日本選手で初めて同級の王座を防衛した。同年10月に王座を陥落したが、ことし7月にブラント(米国)へ雪辱して王座へ復帰した。右ストレートが武器のボクサーファイター。

初防衛に成功し、ファンとタッチをかわしながら笑顔で引き揚げる村田(平野皓士朗撮影)

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