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とやま遺産

利長築城時の姿残す 高岡城跡の石垣

高岡市博物館前から見える水濠と石垣(内堀側)=高岡市の高岡城跡で

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 江戸時代初期の一六〇九(慶長十四)年、高岡開町の祖・前田利長が築城した当時の石垣や水濠が残る国史跡高岡城跡(高岡古城公園)。石垣は本丸と二の丸をつなぐ土橋の内堀側と外堀側に見ることができる。

 石を割る時にくさびを打ち込んだ矢穴の跡がある「切石積み」。積み上げられた石数は内堀側が八百六十三個、外堀側は八百三十七個。全体の54・8%を占める砂岩は氷見市の灘浦海岸や虻(あぶ)が島、高岡市の雨晴海岸の石切丁場から運び込まれた。雨晴海岸の義経岩も丁場で、矢穴の跡が見られる岩が残っている。

 面白いのは「φ」「+」「田」など石の表面に刻まれている刻印。石工集団が付けた目印で文字や象形など八分類百二十七種類が確認されている。中には串団子のような印も。

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 内堀側は、縦目地に見える所があり、近代に積み直したとの説もある。公園内の朝陽橋の橋台にも石垣の痕跡が見受けられる。

 公園内の市博物館前は石垣のビューポイント。市博物館の仁ケ竹(にがたけ)亮介副主幹学芸員(44)は「郭がすべて馬出しで最強防護の縄張(なわばり)(設計)と言われています。水濠と石垣の風景は城らしい。高岡城跡は語りだしたら切りがない魅力があります」と話す。 (武田寛史)

 

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