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とやま遺産

遺構 罪人の歴史語る 五箇山の流刑小屋

かつて罪人が投獄されていた流刑小屋=南砺市田向で

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 世界遺産の五箇山・菅沼合掌作り集落。巨大なかやぶき屋根を目当てに山奥へ観光客が舞い込むが、この小屋に目が行く人はどれほどいるだろう。南砺市田向(たむかい)は、五箇山の南北に流れる庄川を渡り、国重要文化財に指定されている村上家から徒歩二分ほど。ゆるやかな坂の途中にあり、高さ約三・五メートル、幅約三メートル、広さ六畳ほどの小屋がたたずんでいる。

 江戸時代、五箇山は加賀藩の流刑地として定められた。不正を働いた武士や政治犯など、一六六七年から廃藩となる明治維新までの約二百年間で計百五十人がいくつかの集落に流された。特に罪の重い者は、この田向の流刑小屋に投獄された。一九六三年に大雪で倒壊したが、六五年に場所を移して復元された。

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 小屋の中央部にある食事の差し入れ口から中をのぞくと、侍の格好をした人形が鎮座している。彼をふびんに思ってか、小屋の中にはたくさんのさい銭が投げ入れられていた。全国的に見ても流刑小屋の遺構は残っておらず、貴重な文化財だ。

 脱走を防ぐために、庄川に橋は架けられなかった。小屋は外界を夢見た罪人の歴史を物語っている。(山岸弓華)

 

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