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とやま遺産

「日本一」時代またぐ 富山・松川の舟橋

松川に架かる舟橋。渡し船をイメージしたデザインが往年の姿を思わせる=富山市舟橋南町で

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 富山市中心部を流れる松川には、あまたの橋が架かる。その中には江戸時代に“日本一の船橋”と呼ばれた橋の名残を残す舟橋がある。

 明治時代に埋め立て工事が行われる前、この地には神通川の本流が流れていた。一六六一年ごろ、富山藩初代藩主の前田利次は、加賀藩との領置替えに伴って城下町の再編を行い、船の上に板を並べた「船橋」を設けた。

 川の端から端まで渡し船を六十四隻も並べ、鉄の鎖といかりで固定。長さは二百メートルを優に超えていたという。

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 橋の上から見る雄大な立山連峰の景観は、富山随一の景勝地とされた。浮世絵師・歌川広重が画題にするなどし、世間に知れ渡った。一方、足を踏み外して溺死する人もいた。そのため、明治中期には神通橋という木橋となったが、その後の埋め立て工事の影響で撤去された。

 現在の舟橋は江戸期の橋をモチーフにし、一九八九年に完成。二つの渡し船を鎖でつないだ特徴的なデザインで、日本百名橋にも選ばれている。松川遊覧船の朝野浩伸船長(63)は「昔の様相を再現し、往年の姿を思い起こさせている」と解説した。(酒井翔平) 

 

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