トップ > 富山 > とやま遺産 > 記事

ここから本文

とやま遺産

戦国武将が必勝願う 小矢部・埴生護国八幡宮

(上)100段以上の階段を上った先にある埴生護国八幡宮(下)源義仲騎馬像=いずれも小矢部市埴生で

写真

 平安時代末期、源氏の木曽義仲(一一五四〜八四年)が倶利伽羅峠の戦いに先立ち、戦勝祈願したと伝わる埴生(はにゅう)護国八幡宮(小矢部市)。社殿は国の重要文化財。武田信玄や佐々成政、豊臣秀吉など戦国武将が信仰したとされる神社で必勝祈願のパワースポットとして知られる。

 一一八三(寿永二)年の倶利伽羅峠の戦いで有名なのが「火牛(かぎゅう)の計」。義仲が平維盛の大軍に松明(たいまつ)を角にくくりつけた牛の群れを放つ奇襲作戦で平家軍に勝利した。義仲と戦場を駆けた容姿端麗の女武者「巴(ともえ)御前」にひかれる人も多い。

 神社入り口にあるのが「朝日将軍」と称された義仲の銅像「源義仲騎馬像」。重量は約五トンで、馬上の人物像では最大級。白鳩(しろばと)が義仲を清水まで案内したと伝えられる「鳩(はと)清水」(とやまの名水)もある。

写真

 八日、義仲と巴御前をしのんで二〇一四年から毎年六月に執り行う「義仲祭」が開かれた。石川県津幡町の詩吟団体「静優会(せいゆうかい)白鳥横浜教場」が「砺波山決戦を憶(おも)う」を吟じる声が鎮守の杜(もり)に響き渡った。

 同神社の埴生雅章宮司(71)は「義仲祭を続け、義仲と巴への思いを深めたい」と話す。 (武田寛史)

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索