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深掘りTOYAMA(BBT連動企画)

YKKなぜコーヒー園? ブラジル進出 実った恩返し

当時の写真を見ながら思い出を語る八木繁和さん(左)と青木正登さん=富山県黒部市で(蓮野亜耶撮影)

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 ファスナーで知られるYKKグループ(東京)が運営するカフェが、人気を集めている。豆はブラジルの自社農園で栽培されたものを自家焙煎(ばいせん)する。なぜ、ファスナーとは縁遠いコーヒー豆を栽培することになったのか? 背景には同社の企業理念「善の巡環(じゅんかん)」があった。(蓮野亜耶)

「善の巡環」理念栽培の利益現地に

 一九八四年の新年会。故吉田忠雄社長がブラジルに農場を購入したと報告した。同社は七二年にファスナー事業で同国に進出。企業理念にのっとり、ブラジルで得た利益を現地のために使おうと考え、農場経営を計画した。

 あいさつを聞き、手を挙げたのが農学部卒の現YKK AP(東京)の八木繁和専門役員(64)だった。八五年、単身ブラジルに渡った八木さんが目にしたのは、北部のボンフィノポリス市にある約百八平方キロメートルの農場。東京ドーム約二千三百個分に相当する広さだった。電気も、電話も、住む家すらない。「とんでもないところに来たな」

 ブラジルの主産業・コーヒー栽培に目を付けたが、知識がなかった。そこで、八木さんは教えを請うため、コーヒー研究の権威、サンパウロ大の教授に直談判。熱意が通じ、教授が農園に足を運んでくれた。

実ったコーヒー豆を観察する八木さん=本人提供

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 八木さんは「先生の助言はすべて実践した」と振り返る。土地が痩せていたため、コーヒー栽培の前に大豆を植え、牛を飼育し、有機物を土に混ぜて土壌改良を進めた。数年後、畑に一本一本、苗を植えた。「四年間かけて百万本植えた。東京から広島くらいまでのコーヒー並木をつくったようなもの」と豪快に笑う。

 印象的だったのは農場で働く人と、その子どもの多くが読み書きができなかったことだ。八木さんは食堂に小さな黒板を置き、子どもに少しずつ読み書きを教え始めた。評判はすぐさま市長と警察署長の耳に入り、路上で暮らす子どもに学ぶ喜びを教えてほしいと、学校運営の依頼があった。

 市から教員を派遣してもらい、八九年に半寮制の小学校を開校。子どもたちは勉強しながら農場で働き、アルバイト料を進学費に充てた。「農場を始めたころは日本人に仕事を奪われると言われたが、地道にやってきたことで信頼を得たと実感した瞬間だった」

 農場経営が軌道に乗った九三年、八木さんは帰国。機械化も進み、現在は年間六十トンの収穫がある。二〇一五年には、東京に「カフェ・ボンフィーノ」をオープン。富山県黒部市のパッシブタウン内にも進出し、輸入した豆だけを自家焙煎し、提供している。

 カフェ・ボンフィーノの青木正登(まさと)社長(60)は「丹精したコーヒーを日本の皆さんに味わってもらい、さらに輸出量を増やし、ブラジルを豊かにする循環をつくっていきたい」と話す。

    ◇

 この記事は十一日夕に放送した富山テレビ放送「中島流!深掘りTOYAMA」との連動企画です。中島流の次回は十八日のライブBBT午後六時台に放送します。(放送日は変更になることもあります)

 【メモ】善の巡環 YKKグループの創業者、故吉田忠雄さんが「他人の利益を図らなければ自らも栄えない」とする独自の経営哲学。同社はこの理念を中心に事業を行っている。

 

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