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【わがまちの偉人】富山市・水橋「憩いの家」を開設 浅井 省己(1930〜2017年)

美術館 地域に恩返し

 富山市の港町・水橋にたつ私設美術館は「世界一かわいい美術館」を名乗る。地元出身の美術愛好家・浅井省己が仲間や作品、資金を集め、五年前に開設した。館内での交流や美術鑑賞を通じて人々に心の癒やし、地域に活力を与えることを目指した。(山本真士)

 水橋で売薬を営む家に生まれた。富山薬学専門学校を経て、県内に工場があった東京の製薬会社に就職。後に社長や会長を務めた。妻の小夜子(89)は、ほほ笑みながら振り返る。「仕事ばかりしていた。いつ美術のことを勉強していたのか分からないくらい」

浅井の家族や仲間が美術館を守っている=富山市水橋伊勢屋の世界一かわいい美術館で

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 生家にあった掛け軸や陶器に幼いころからふれた。会社で役員に就いた四十歳ごろ、日本画の収集を始めた。絵を眺めていると心が安らいだ。初めは手頃なリトグラフ(石版画)が中心だったが、やがて文化勲章受章者や日展作家の作品を買い求めるようになった。

 故郷の水橋は人口が減り、活気を失いつつあった。思い返せば、学生時代、地域の大人たちが早朝から通学路の雪かきをしてくれた。会社の仕事も水橋の従業員が助けてくれた。「お世話になったふるさとに恩返ししたい」。いつしか美術館の開設を思い描いた。

 当初、老朽化していた地元の公共施設の建て替え先に入る計画だった。だが、八十歳を過ぎても建設地さえ一向に決まらない。「待っていたら死んでしまう」。単独の美術館建設に目標を切り替えた。住民や友人から作品を募り、運営を担うNPO法人を設立した。

 開館を迎えたのは北陸新幹線が開業した春。玄関の案内文に理念をしたためた。「地域活性化の核となり、地域の方々の文化芸術の向上、憩いの場として楽しい一刻を持ち、地域の和の絆作りの役立つ様に運営に努力して参ります」。建物は約二百平方メートルの平屋建て。「『世界一小さい美術館』と名付けたかったけど、もっと小さい美術館があるかもしれないので」。来館者に思い入れを語った。

 開館から二度目の冬。急性心筋梗塞を発症し、入院した。本格的なリハビリを始めようとしたところ体調が急変し、息を引き取った。亡くなる前日まで、ベッドの上で美術館のパンフレットの構成を考えていた。

 美術館は今、地域のボランティアが支えている。作家の知名度や真贋(しんがん)は気にせず、作品自体の魅力を大切にして展示を考えている。ボランティアの一人、堀田丈志(64)は言う。「有名じゃなくても感動する絵はある」。計画初期から携わる高柳賢司(69)が付け加える。「私たちしか、ここでしか語れないものがある」

 美術館の別名は「憩いの家」。浅井の肖像画が掲げられた館内は今日も、笑顔と笑い声に包まれている。 =敬称略

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 あさい・せいき 2014年、NPO法人「憩いの家世界一かわいい美術館」を設立し、理事長に就任。15年、あいの風とやま鉄道水橋駅前に美術館を開設。「建物も美術品」という考えから、南砺市の古民家を部分移築した。美術館は「当分の間は入館無料」が5年間続く。企画展は年4回。月、火曜は休館。

 

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