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中村哲医師 アフガンで撃たれ死亡

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 【バンコク=北川成史】アフガニスタンで人道支援に取り組んできた福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表、中村哲医師(73)が四日、同国東部ナンガルハル州の州都ジャララバードを車で移動中に銃撃され、死亡した。同乗していた運転手や警備員ら五人も死亡したという。

◆県内からも悲しみの声

互いの活動を相談 島田の開業医

レシャード・カレッドさん

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 アフガニスタン出身で医師として母国の復興支援に携わる島田市の開業医レシャード・カレッドさん(68)は、中村哲さんと盟友関係だった。「本当に残念なことです。改めてご冥福をお祈りします」と本紙の取材にコメントした。

 二〇〇一年の米中枢同時テロの後、米国のアフガン空爆が始まり、医療面からの復興支援を目的にNPO法人「カレーズの会」を設立した。ペシャワール会現地代表の中村さんとは気が合い、「互いの活動を励まし合い、相談し合う関係」だったという。

 中村さんは昨年、三島市を訪れ、それが最後に話す機会となった。「なかなかアフガンの政情が安定しないね。困ったね」などと言い合った。レシャードさんも今月二十一日に現地を訪れる予定だったが、アフガンの大使館から「現地に行くのは控えた方がいい」と連絡を受けたという。

 中村さんの人柄を「寡黙で男らしく、優しい九州男児を絵に描いたような人だった」と振り返った。

(大橋貴史)

現地では有名人 「みんなが感謝」

 二〇〇二〜〇八年にアフガニスタンに駐在した公益社団法人「シャンティ国際ボランティア会」(東京)の事務局長、山本英里さん(45)=浜松市天竜区出身=は「本当に残念」と悼んだ。中村哲さんと直接の面識はないが、活動地域が重なっていた時期もあり、「現地で中村さんは有名で、みんな感謝していた」と振り返った。事件には「アフガンの人の思いに反する行為。日本からの支援が途絶えるようなことにならないでほしい」と懸念した。

(篠塚辰徳)

◆伊藤さん亡き後も現地で活動を継続

 中村哲さんは二〇〇八年八月、アフガニスタン東部のナンガルハル州で、ペシャワール会で働いていた伊藤和也さん=当時(31)、掛川市出身=が武装グループに殺害された事件に直面した。

 車で山道を移動中に拉致され、犠牲となった伊藤さんの遺体に付き添い、中部国際空港(愛知県)に降り立った中村さんは、伊藤さんの父正之さん、母順子さんと対面した。

 この時、正之さんは集まった報道陣に「途中ではあったが、やりたいことが今までできて、和也は本望だったんじゃないかと思う」と話した。事件後、中村さんは現地の日本人を帰国させたが、自身は現地で活動を続けた。

 正之さんと順子さんは事件後、和也さんの遺志を継ごうと「アフガン菜の花基金」を設立。一一年には寄付金などを元に現地で孤児ら向けの寄宿舎を建設した。〇九年には伊藤さんが撮影した写真などを展示する全国巡回の写真展が開催され、東京会場で上皇后さまも訪れた。

(松島京太)

 <ペシャワール会> 福岡市に事務局を置く非政府組織(NGO)で、アフガニスタンやパキスタンで活動する中村哲さんが現地代表を務める。1983年に結成。84年からパキスタンで治療や医療教育を実施し、2000年からは医療事業の一環としてアフガン東部一帯で水源確保も始めた。長年の活動で住民の信頼は厚く、中村さんが「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞するなど国際的にも評価が高い。08年8月、日本人スタッフの伊藤和也さん=掛川市出身=がアフガン東部ジャララバード近郊で武装グループに拉致され、その後、遺体が発見された。

 

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