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モニュメント撤去白紙 浜松市、見解統一へ

高丘葵地区にあるモニュメントの一つ「三位一体」。撤去するかは再検討して決めることになった=浜松市中区で(内田淳二撮影)

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 浜松市中区高丘葵地区の歩道にある七基のモニュメントをめぐる問題で、市が現地から撤去するとしていた方針を撤回したことが分かった。制作した地元作家三人に十日、再考すると伝えた。市によると、他の地区も含めたモニュメントなどの管理状況を調べ、統一見解をつくったうえであらためて対応を検討するという。

 撤去が決まっていた作品はいずれも石造りで、設置から約二十年が経過している。市は、石や内部の鉄筋が劣化している可能性があるとして「百パーセントの安全が担保できない」と撤去の理由を説明していた。

 ただ、本紙「Your Scoop みんなの『?』取材班」(ユースク)の報道を機に、市内各地にあるモニュメントなど野外の彫刻作品は土木部や都市整備部など担当部署がばらばらで、情報が一元的に把握されていないことや、撤去する際の判断基準があいまいなどの問題点が判明。作品を総点検し、歩道の広さや通学路かどうかなど周辺環境も合わせて確認することを決めた。そのうえで統一見解をつくり、個別に「保全」「移設」「廃棄」といった対応を考えるという。

 市の担当者は「一概にまとめて対応できないというのが今回の教訓。一つの部署の考え方で進めるのをやめ、各部署で連携する」と説明した。作家側は「『撤去ありき』の乱暴な方針を考え直してくれた」と喜ぶ一方、「まずは客観的で、透明性の高いガイドラインをつくってほしい。今後の対応を見守りたい」と話した。

 高丘葵地区のモニュメントは一九九八年、区画整理事業の完了を記念し、市や住民が作家とも協議して設置。しかし、大阪府で昨年起きたブロック塀の倒壊事故をきっかけに、市は現地からの撤去を決めていた。

◆安全との両立、なお難問

 浜松市中区高丘葵地区のモニュメントを巡り、市は撤去する方針をいったん白紙に戻したが、芸術と安全をどう両立させるか、まだ答えは出ていない。野外など公共空間に設置されるパブリックアートに詳しい兵庫県立大大学院の竹田直樹准教授は「作品には街灯などと違った社会性があり、撤去はとてもデリケートな問題」とし、日本の文化行政のあり方そのものが問われていると指摘する。

 モニュメントなどを含むパブリックアートは戦後、英雄の銅像などに代わって「平和」や「自由」をうたう彫刻が増えていった。一九八〇年代に入ると「地方の時代」が到来し、文化行政が盛んに。バブル経済の追い風も受けて自治体で彫刻の設置ブームが起きるなど、時代を映し出すかのようにあり方が変化した。

 竹田さんは、国内では二万点近くのパブリックアートがあると推測するが、「今回のように石造りの作品で、耐震性が問題となって事前に撤去された例はほとんどない」と説明。「浜松が先例となり各地に波及する可能性もあった。慎重な対応が必要で、再検討は当然の対応」とする。

 今回のモニュメントは、まちの象徴として、歴史を伝えようと設置されていた。撤去する場合に問題となるのは、その目的をどう実現するかだという。「人の記憶は薄れていくからこそ、作品がつくられた。なぜ必要なくなったかを耐震性以外でも説明できないと、設置自体が誤りだったということになってしまう」

 竹田さんはまた、作品に直接「調査中につき 近寄らないでください」という注意書きが張られていたことも「鑑賞を妨げるひどい行為。作品に対する意識の低さの表れではないか」と問題視する。本紙が市に対応を確認すると、作品への張り紙はやめ、近くに看板などを設け、注意喚起する形にあらためるとした。

 

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