トップ > 中日新聞しずおか > 朝夕刊 > 記事

ここから本文

朝夕刊

五社公園・大正期の戦争記念碑 浜松市史の解説に誤り

◆市「新研究紹介で対応」

大正時代に造られた「誠忠碑」=浜松市中区の五社公園で

写真

 五社公園(浜松市中区)に立つ大正時代の戦争記念碑「誠忠碑(せいちゅうひ)」に関し、市史の解説が誤りであるとの指摘が出ていることが、分かった。市史は別の碑を説明しているとされ、市は「誤りだと判断せざるを得ないが、市史編さん事業は終わっており訂正できない。新たな研究成果を紹介して対応する」と話している。

 碑は高さ約十メートル。白っぽい石柱の頂部に、両翼を広げた鳩の像を配す。一九一九(大正八)年五月十五日に五社神社(同区)近くに建てられ、後に隣の五社公園に移された。八〇年に発行された市史は「青銅の砲身の上に両翼をはった金色の鵄(とび)を置いた碑は、招魂祭の中心であった(現在五社公園内にある。鵄でなく鳩になっている)」と紹介している。

 誤りを指摘するのは、県近代史研究会の会員で、大学で美術史を教えてきた植松勇介さん(50)=同区。頂部の像を支えるのは建設当初から石製で、青銅の砲身ではないと主張。市史にある鵄の碑は明治時代、鳩の碑と同様に五社神社近くに建てられ、第二次世界大戦中の金属回収で姿を消した戦争記念碑だという。

 植松さんは「誤った記述はすでにエッセーや論文に引用されており、さらに広まらないようにしなければいけない」と問題視し、研究会が出す「静岡県近代史研究」で発表。詳細についてブログでも発信している。

 誠忠碑は二〇一七年度に郷土の宝として市の「地域遺産」に認定され、十五日に建造から百年を迎えた。植松さんは「誠忠碑がもともと立っていた場所は、かつて市役所や警察署があった市中心部で、歴史的意義がある。ギリシャ建築のような意匠は国内でも珍しい」と保存の大切さも強調している。

(古根村進然、写真も)

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索