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極め人

元サッカー日本代表 鈴木啓太さん 腸を研究 起業の道

◆現役時代も協力重視

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 かつて、サッカーJ1浦和レッズの黄金期を支えた元日本代表で静岡市清水区出身の鈴木啓太さん(38)が引退後に選んだ道は指導者ではなく、アスリートを健康面で支える実業家だった。日本代表ではイビチャ・オシム監督時代に唯一、全試合先発出場を続けたMFは今、選手たちの「腸内環境」と向き合っている。

 −アスリートの便を集めていると聞きました。

 「AuB(オーブ)」という会社を設立し、運動や食事に気を使うアスリートに便を提供してもらい、健康的な腸を研究しています。腸内に多様な菌が存在することなどが分かってきました。成果として、腸内環境を良くするサプリメントを十二月から発売します。

 −現役時代、温かい茶で腹を温めたり、遠征に梅干しを持っていったりして腹からコンディションを整えていたそうですね。

 幼い頃、調理師の母親に「人間は腸が一番大事だ」「うんちを見なさい」と言い聞かされてきました。当時は何を言っているのか分かりませんでしたが、便がすっきり出ると、体が動きやすくなる。サッカー選手になってからのコンディショニングにも役立ち、おかげで十六年間プレーできました。この経験を次のアスリートにも伝えていきたいと思いました。

 −指導者になる道もあったと思います。

 既定路線ですよね。私もサッカー界に貢献したいと強く思っていますが、指導者ではない、別の貢献の仕方があるのではないか。アスリートを研究することは、一般の人の健康の役に立ちます。応援してくれる人があってのアスリート。私にとっては恩返しです。ビジネスを勉強して戻ることで、もっとスポーツ界の発展に貢献できるはずです。

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 −アスリートが起業。苦労もあったのでは。

 今の大変さを知っていたら飛び込まなかったでしょうね。五百人以上の検体を集め、会社を経営して…。でも大変さを知らなかったから飛び込めた。「起業したい」という思いが先行して、研究者をはじめいろんな人に協力してもらっています。現役時代のプレースタイルもそうでしたから。

 −長谷部誠、三都主アレサンドロ、ロブソン・ポンテ…。当時の浦和は個性派選手ぞろいでした。

 「なんでおまえが出ているんだよ」って思う人も、もしかしたらいたかもしれない。僕はどうしたら一人一人が輝くのかを考えながらプレーしていました。例えば(田中マルクス)闘莉王。彼が自由に前へ上がる間、僕がポジションを埋めた。僕が前に行くよりも彼が前に行く方がチームにチャンスが生まれました。

 それは今も同じ。僕は研究者でなければ営業の経験もなく、一緒に働く人におんぶに抱っこです。引っ張っていくタイプの経営者ではありません。一緒に働く人がそれぞれの仕事で輝けるような組織をつくるのが、僕の仕事だと思います。

 −昨年には浜松市天竜区水窪町を訪れ、雑穀料理が腸の働きに良い影響を与えることを調べました。

 正直、雑穀料理はおいしいという印象がなかったのですが、地元の方に調理してもらい、おいしくて驚きました。これなら続けられると確信しました。

 幼い頃プレーした清水のスポーツ少年団では、経験者の父母が仕事を終えてから、教えに来てくれました。地域に皆で支えるコミュニティーがありました。これからは地域のコミュニティーを大事にしなければいけない。伝統的な文化と革新的な技術が合わさることで新たな発見もある。

 −ラグビーワールドカップが開催中で、来年には東京五輪も開かれます。

 この盛り上がりはワクワクします。エンターテインメントとしてだけではなく、スポーツが日本の産業の先端になると思うからです。ヘルスケア、教育、サイエンス。まだまだ未開の分野です。スポーツを軸にいろんなものが展開されていくと思います。私たちもまだ、始まったばかりです。

(聞き手・鈴木凜平)

 すずき・けいた 1981年、静岡市清水区生まれ。東海大翔洋高(現・東海大静岡翔洋高)から2000年、浦和レッズに入団。豊富な運動量やバランスの取れた攻守を見せ、02年からU−23日本代表、06年からはイビチャ・オシム監督率いる日本代表に招集された。15年シーズンで退団するまで浦和一筋で、J1優勝、ACL優勝などを達成した06〜07年のクラブ黄金期を支えた。引退後、「AuB」(東京)の社長に就任した。

 

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