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ラグビー・ヤマハ発元監督 清宮克幸さん 負けん気「日本一」

◆W杯 心揺さぶる姿を

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 ラグビートップリーグ、ヤマハ発動機(磐田市)の監督を二〇一一年シーズンから一八年シーズンまで務め強豪チームに育てた清宮克幸さん(51)。監督を退き一息つくと思いきや、この春からは、地域貢献の一環として小笠山総合運動公園(袋井市)を拠点にした、女性と子どもに特化したスポーツクラブの代表理事として運営に乗り出すなど、精力的な活動を続けている。

 −リーマン・ショックの影響で部の活動が縮小し成績は低迷していたが、監督就任後、常に優勝争いができるまでに育て上げた。どんな選手育成を心掛けていたのか。

 超一流の選手が集まっていたわけでない。選手たちによく言っていたのは、誰にも負けないことをやろうと。「俺は何々を日本一やった」というプライド、独自性を持つこと。あとは、これをやったら勝てると思えるような他チームとの差別化。優勝するチームが三十分やるなら、自分たちは六十分。レスリングを取り入れたのもそう。こんなことは他のチームはしないだろう。やらせておいて何だけど、よく辛抱強くやるなと感心した。

 −なぜそこまでできたのか。

 それまでのキャリアで何の不自由もなくラグビーに打ち込めていたものが(部活動縮小で)ラグビーが思い切りできなくなった。そういう環境を経験したからだろう。全てが満たされていたら、そんなことは絶対にできなかった。

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 −二〇一五年二月の日本選手権ではチームを初優勝に導き、トップリーグでも優勝こそ果たせなかったが常にトップ4に入る力をつけた。やり残したことや、今後のラグビー界への提言は。

 やり残したことは別にないが、あえて言うと、後任監督の堀川(隆延)を男にすること。今後のラグビー界で、自分にどういう役目があるかは今のところあまり見えてない。何かが見えだしたころには、僕の性格だと言葉にするんだろうけど。ただ今は何もわからない。戻ることも考えていない。

 −長男の幸太郎さんは、プロ野球日本ハムファイターズの選手。子育て論は。

 子どもに対する接し方も、選手に対する接し方もほぼ同じ。うまくいったこと、いかなかったこと、その原因、次に同じ場面があったらどうするみたいなことは、普段から会話の中で話している。

 −監督を辞めて多少時間に余裕ができたのでは。

 まだ変わらない。年に一、二回だったゴルフが、少し増えるくらい。ヤマハ時代に始めた釣りも、全然行けてない。

 −ラグビーワールドカップ(W杯)が九月に迫っている。どういう魅力があるのか。

 打ち上げ花火で盛り上がるだけではもったいない。もう少し長いレンジで世の中の人が盛り上がる仕組みがあればいいと思う。W杯は国と国とのプライドをかけた戦い。試合前の国歌斉唱や独特の儀式を見て育った子どもたちは、いつか自分もあの舞台に立ちたいとあこがれるだろう。海外でラグビーの観客は、男女比が五分五分。日本でのW杯も、女性がいかに見に来るかだと思う。女性が見て心揺さぶられれば、きっとこのスポーツの根っこがわかる。守るべきものを自分の体でどう守るのか、タックルを一番見てほしい。

 −女性と子どもに特化した総合型スポーツクラブ「アザレア・スポーツクラブ」を設立した。春からは女子ラグビーが始動した。

 せっかくW杯が開かれるので何かを残したかった。今は土台と柱が立ったぐらい。静岡でしかできない新しいスポーツのモデルになればいい。テニス、卓球、空手、いろいろな可能性がある。別に自分たちだけ成功することを考えているわけでもない。アザレアが挑戦する姿を見て「俺たちもやってみよう」と腰をあげていく、そういう形になっていけばと思う。

(聞き手・高柳義久)

 きよみや・かつゆき 1967年、大阪市生まれ。現役時代は早大、サントリーで活躍。早大、サントリー、ヤマハ発動機で監督として手腕を発揮し、ヤマハ発動機監督時代は、2015年2月の日本選手権でチームを初優勝に導いた。W杯日本大会の県開催推進委員会特別アドバイザーを務める。日本ラグビー協会の副会長に就任する見通し。

 

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