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あのとき、それから しずおか平成史

世界遺産・富士山(下) 保全

◆宿題 続く挑戦

「美しい山を守るためにやるべきことは多い」と話す県富士山世界遺産センターの遠山敦子館長=富士宮市の同センターで

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 富士山の世界文化遺産登録に際し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)はいくつかの宿題を課した。その一つが「来訪者管理」。近年登録された世界遺産に求められる傾向にある。

 これを受け、静岡、山梨両県は登山者数の抑制に乗り出した。関係者は「登録は観光地化ではなく、保護することが目的。ユネスコは来訪者が多すぎることを好ましくないとみているのでは」と捉えている。

 富士山の登山者数は二〇一三(平成二十五)年に登録された当時、年間三十万人前後だった。両県などでつくる「富士山世界文化遺産協議会」は「望ましい富士登山の在り方」の指標づくりを進めた。

 一七年秋に示された指標案では、登山者一人当たりの必要面積を割り出し、一日の登山者数と登山道の広さや長さ、傾斜角度などから、混雑の度合いを緻密に計算して図表で示した。「数字を出すのは簡単だが、感覚的ではなく、客観的な根拠を示したかった」。案の取りまとめに当たった静岡県富士山世界遺産課の高部真吾さん(48)は語る。

 一五〜一七年の三年間の調査で、混雑は特定の日と時間、場所でしか起きないことが分かった。「お盆や週末、早朝御来光時の山頂」が典型だ。高部さんらはコンサルタント会社などと協力し、登山者一人当たりの面積を前後左右の間隔、ストックの振れ幅などから〇・八平方メートルと推計。登山者数の密度が一平方メートル当たり一・二五人を超えると混雑すると、想定した。

 山頂近くの地形なども考慮し、最終的に「吉田口(山梨県側)は一日四千人、富士宮口(静岡県側)は二千人」を「著しい混雑」が発生する目安に。一八年で目安を超えたのは吉田口で六日あった。昨年十一月にユネスコに提出した保全報告書には、目安を超える日数を吉田口で三日以下、富士宮口は二日以下とする一九年の目標を記載した。

 登録後、登山者数はマイカー規制の強化や悪天候の影響もあり、一四〜一七年は二十三万〜二十八万人程度で推移している。

 富士山の登山者数の指標について、世界文化遺産協議会に助言する学術委員会委員長の遠山敦子さん(80)=元文部科学相=は「理論だけでなくデータに基づいたことで、目的を明確にし、基準を議論できたのは画期的なこと」と振り返る。

 静岡市で育った縁などから〇五年、「富士山を世界遺産にする国民会議」の副理事長に就任。現在は県富士山世界遺産センター(富士宮市)の館長を務める。

 自身も加わって取りまとめた保全報告書は、六月にアゼルバイジャンで開かれる世界遺産委員会で審議される。登録から五年を超えて格闘してきた宿題からようやく解放されたが、「美しい山を次世代に渡していくには、なすべきことは山積している」。今後、センターなどでは山体の崩壊を防ぐ方法や、登山道の快適性を高めることなどについて専門的な研究を進めていく。

 「静岡、山梨両県が国の、国民の宝である富士山をお預かりしている。関わる人は(観光などで)利用するだけでなく、感謝の気持ちと、美しさを守る責務を忘れてはいけない」

 こう強調する遠山さんは、令和の時代の富士山を見据えている。

(前田朋子、広田和也が担当しました)

   ※    ※

 「あのときそれから しずおか平成史」は今回で終了します。

 

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