トップ > 静岡 > 地域特集 > 静岡連載 > 記事一覧 > 2019年の記事一覧 > 記事

ここから本文

静岡連載

浜松夜話 第12話 もう30年焼いてるよ

焼き鳥を調理する柞山広さん=浜松市中区平田町で

写真

 遠州の空っ風を浴びながら、浜松市中区の「平田町」を歩く。「なめだちょう」と読む。午後九時ごろ、赤ちょうちんの灯り(あか)に誘われた。

 のれんをくぐると、誰も客はいない。皿洗いをしていた主人に申し訳なさそうに声を掛ける。「まだ、やってます?」「いいよ。ちょうちんは付いてっからさ」。柞山広さん(77)。「ほうさやま・ひろし」と読む。「富山に多い名前でさ。小さいころは『ほうきやま』って呼ばれてさ。あんまり好きじゃないんだよ」と笑う。

 焼き鳥八種盛りとビールを頼む。カウンターの端には中日新聞が置いてある。しかも、朝夕刊セット。既に、名店の香りがする。年季の入ったボイラーからごう音が響く。少しべたついたカウンターや黄色い壁から時の流れを感じる。「もう三十年やってるよ」。そう言いつつ、焼き鳥を置いてくれた。

 柞山さんは一九八九(平成元)年十一月、実家で営んでいた繊維商社が廃業したのを機に、長年の夢だった焼き鳥屋を開いた。「俺が小学生のころ、浜松まつりの屋台を引くのを抜け出して、よく焼き鳥食べてたんだよ。それがおいしくて忘れらんなくてさ。あのころは、一本二十円だったね」

亡くなった妻・真理子さんが買ってくれたという焼き鳥の本

写真

 さらに続ける。「前の仕事はあんまり、好きじゃなかったんだ。後継ぎでやらされてたからさ。やっぱり人間、好きな仕事するのが一番だよ。体は昔ほど動かないけれど、今でも楽しいんだよ。焼き鳥屋」

 開店当時、妻・真理子さんも夢を後押ししてくれた。「俺が店やりたいって言った次の日には、焼き鳥の本を買ってきてくれたんだ。俺より行動が速いんだよ。前の仕事があんまり好きじゃなかったの、分かっていたんだろうね」。遠鉄百貨店で働いていた真理子さんのおかげもあり、同僚もよく店に足を運んでくれたという。

 真理子さんは十七年前に他界した。「心筋梗塞で突然ね。夕方ごろだったよ。お客さんに『ごめん』って言って、お店を飛び出して病院に行ったんだけど、死に目には会えなくてさ」。そう言いながら、忘れ形見の焼き鳥の本に手を置いた。

 最後に店の名前を。「とり田」と書いて、「とりでん」と読む。「『ん』が店名に入っていると、『運』がついて繁盛するっていうね。でも、三十年も続いているから、本当に運が良かったんだろうね」。目を細めた表情に人柄がにじむ。店を支えてきたのはもちろん、運だけじゃない。

 【今回の出費 二千七百十円】

(鎌倉優太)

 連載へのご意見、ご感想、「うちへ来い」というお誘いはファクス=053(421)5218、電子メール=tkahod11@chunichi.co.jp

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

中日新聞しずおかの記事はこちら

新聞購読のご案内

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索