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静岡連載

天皇・皇后両陛下 ゆかりの人を訪ねて(11) 飛び込み競技で功労 山内正夫さん(79)

◆国体観戦の「約束」 実現

スポーツ振興への貢献がたたえられた山内正夫さん=浜松市中区で

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 浜松市中区の山内正夫さん(79)は、水泳の飛び込み競技の選手、コーチ、監督として三十年以上にわたって国民体育大会(国体)に参加してきた。その功労をねぎらう席で、天皇陛下とある「約束」を交わした。

 袋井市のエコパスタジアムをメイン会場に、県内で四十六年ぶり二度目となる国体「NEW!!わかふじ大会」が始まった二〇〇三年十月二十五日。開会式に引き続き、天皇皇后両陛下をお迎えして浜松市中区のグランドホテル浜松で、国体功労者の表彰式があった。

 両陛下は式後の懇談会にも出席し、功労者と言葉を交わした。山内さんに順番が回ってきた。「飛び込みの山内です。本日はありがとうございます」とあいさつすると、陛下は「静岡の飛び込みは強かったですね」と答えてくれた。

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 懇談は二言、三言で終わると思いきや、想定外に時間をもらえた。焦る中、ふと思い出したのが、陛下が皇太子時代に美智子さまと毎年のように、国体の飛び込み競技を観戦していた姿だった。「また飛び込み競技を見に来てください」と言い添えると、「そんな時代もありましたね」と陛下がうなずいた。

 そのときの「約束」は、四年後の「秋田わか杉国体」で実現した。両陛下が三十分以上にわたって飛び込み競技の観戦に訪れた。「覚えていてくださったんでしょうか。いやあ、うれしかったですね」

 山内さんは昨年十二月二十三日の天皇誕生日の一般参賀に、妻の里子さん(73)と一緒に初めて出かけた。「その節はありがとうございました。おかげさまで飛び込みの連中も喜んでおります」。にこやかに手を振る両陛下に向かって心の中で述べ、黙礼した。

 山内さんの競技人生は、浜松商業高校一年生だった一九五五年の夏に、体育教師からの一言で始まった。「クルクル回るの、得意だろう」。二年後に迫った初の静岡国体に、なんとか県内選手を送り込みたいと、白羽の矢が立ったのが、中学時代に器械体操をやっていた山内さんら同校の生徒四人だった。

 当時、浜松城公園内にあった飛び込みプールで練習し、初めて臨んだ公式戦が翌五六年の兵庫国体だった。その後、六二年の岡山国体まで選手として出場。居酒屋の経営などで十年間ほど国体から離れた時期もあったが、コーチや監督として関わり続けた。

 八十歳になる今年、全国の小学生スイマーが競い合う「とびうお杯」(八月・浜松市西区)を最後に審判の役を降りるつもりだ。陛下も四月末をもって退位する。「自由にご自分のお好きなことをなさって、長生きしてほしい。またぜひ、飛び込みを見てほしいですね」

(飯田樹与)

 

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