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イチ推し

遠州織物 職人が織りなす世界品質

◆多様な工程 入念な作業と確認重ね

糸切れを確認したり、緯糸を補充したりする=浜松市西区の古橋織布で

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 県西部地域で生産される「遠州織物」。高い技術力から海外の有名コレクションに参加する高級ブランドでも使われているという。世界が認める生地はどう織られているのか、小さな町工場にお邪魔した。

 ガッチャン、ガッチャン、ガッチャン−! 住宅街の一角。古橋織布(浜松市西区雄踏町山崎)の工場に入ると、十五台の自動織機がリズミカルな音を立てて動いていた。経糸(たていと)の間に緯糸(よこいと)を巻いたシャトルが行ったり来たり。生地が織り上げられていく。

 生地ができるまでにはさまざまな工程を経る。綿の固まりを引き伸ばして細くする「紡績」。糸をねじり合わせる「撚糸(ねんし)」。経糸を一定の張力で真っすぐにそろえてビーム(棒)に巻き取る「整経(せいけい)」。製織時の摩擦による糸切れを防ぐため経糸に糊(のり)を付ける「糊付(づけ)」。ビームに巻かれた経糸を一本一本、織機の部品に通していく「経通(へとお)し」。こうした準備工程を経て、いよいよ機屋が織っていく。

光で生地を透かし、傷などがないか確認する=浜松市西区の古橋織布で

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 古橋織布ではベテランの織子(おりこ)が織機の合間を縫うように歩いていた。糸切れしていないか、布目に傷が付いていないかを確認する。一反(五十メートル前後)織り終わると裁断し、巻棒込みで重さ十五キロもある生地を保管場所に移すのも仕事。案内してくれた営業の西井佳織理さん(32)は「糸の良しあしや織りのことを知る上で現場に入るのは大事」と話す。

 織られた生地は、「検反」される。トレース台のような専用の台に広げ、裏側から照らして傷や糸の緩みがないかを注意深く見ていく。一反に十カ所の欠点があると、製品として使えないという。

 ちなみに同社では、準備工程の経通しを行う職人もいる。五千二百〜八千本ある経糸を一本ずつ三カ所ある穴に通すという、気が遠くなるような作業を黙々と行う。縁の下の力持ちがいてこそ、生地ができる。

経糸を一本一本、織機の部品に通していく=浜松市西区の古橋織布で

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 織られた後は、生地に色や風合いを加える「染色」や「整理加工」といった工程に続く。趣あるにじみやぼかしが特徴の「浜松注染そめ」もその一つ。また、磐田市は国内のコーデュロイ生産の九割以上を占める産地で、高いカッティング技術を誇る。この道五十年以上の星野秀次郎さん(72)はディオールやシャネルに生地を提供した経験も。「糸の種類や畝の太さの組み合わせで無限にある」と、複雑にカットした独自の生地作りの魅力を語る。

◆泉州、三河と並ぶ三大産地

 江戸時代の綿織物業から発展した遠州は、泉州(大阪)、三河(愛知)と並ぶ日本三大綿織物産地だ。

 一八九六年に豊田佐吉が小幅力織機を発明し、自動化により綿織物の生産量が飛躍的に増加。その後、一九一四年の第一次世界大戦の影響でヨーロッパの織物生産量が減少すると、国内向けの小幅織物(浴衣地)から輸出用の広幅織物(洋服地)に転換した。五〇年の朝鮮戦争では特需に沸き、ガチャッと織るたびに万単位のお金になる「ガチャ万景気」と呼ばれた。

 しかし、日米貿易摩擦が表面化し、八五年のプラザ合意による円高誘導で海外の安価な織物が大量輸入されるように。ファストファッション人気もあって国内の生産規模が縮小していった。県内の機屋でつくる遠州織物工業組合によると、ピーク時の七四年に千百八十五あった組合員数が二〇一八年には六十二に激減、生産量も半減した。

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飯田樹与記者(前報道部)

 「遠州織物は、世界のトップブランドでも使われているんだよ」。「ええっ。そんなにすごいの?」ということからスタートした取材。技術の高さ、職人たちのこだわりの強さにうなり、なにより「生地が好きだ!」という思いに圧倒されました。遠州織物でシャツをオーダーしました。着るのが楽しみです。

 

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