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馬頭琴の調べ 亡き「先生」へ

◆「スーホの白い馬」紡いだ縁 浜北の翻訳者宅で演奏披露

リボーさんの馬頭琴の演奏を聴く大塚道さん(中)と佐藤剛さん。後ろの遺影は大塚勇三さん=21日、浜松市浜北区で

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 モンゴル人で、民族楽器・馬頭琴の世界的演奏家リボーさん(64)が二十一日、浜松市浜北区の民家でたった一人の女性のためにコンサートを開いた。この家に住む大塚道さん(95)。亡き夫が日本に広めた絵本「スーホの白い馬」が二人の縁を紡いだ。

 イスに腰掛け、ウマの彫刻がほどこされた愛器を両脚に挟む。二束の弦に弓を当てると、本やDVDが山積みされたリビングを雅(みやび)な音色が包んだ。

 絵本を基に自ら作った「叙事曲・スーホの白い馬」。重々しく、時にはリズミカルに。九分ほどの曲の内にはウマのいななきのような表現もある。

 道さんにとって初めての生の馬頭琴演奏。「ああ、すごい。この絵本がこんなに良いご縁を結んでくれた。勇三に感謝しなきゃね」。絵本をめくりながら、涙をこぼさないよう天井に目をやった。

 昨年八月、九十七歳で逝った夫勇三さんは出版社に勤めていた。中国の民話を集める中でスーホの物語を見つけ、日本語に訳し、絵本にして紹介。大きな話題を呼んだ。「本人も思い入れが強い作品でした」。道さんが振り返ると、リボーさんが「私にとっても人生を変えた絵本だった」と語った。

 リボーさんは物語の発祥の地とされる中国・内モンゴル自治区の出身。幼いころから物語も馬頭琴の音色も大好きだった。十歳で馬頭琴に触れ、十五歳でプロに。一九九一年に演奏会で初めて来日した際、最も驚き、感激したのは「日本の子供たちが皆、スーホを知っている」ことだった。

 帰国後、一年がかりで「叙事曲・スーホの白い馬」を作曲。再来日した九四年に奏でて喝采を浴びた。「もっと日本の人たちに聞いてもらいたい」と名古屋市などに拠点を置き、全国を演奏して回った。二〇〇五年の愛・地球博の閉会式の記念コンサートでは作曲家服部克久さんが指揮するオーケストラや少年少女合唱団と合唱用のスーホを披露している。米マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツ氏の母の誕生パーティーなど個人宅での演奏経験はあるが、友人でもない一人のために出向いたことはない。

 リボーさんは勇三さんと会ったことはないが、敬意を込めて「先生」と呼ぶ。今回、浜松市東区でギター工房を営む佐藤剛さん(48)を通じ、道さんが市内で暮らしていることを知り「なんとしてでも会いたい」と申し出た。「私の今があるのは、先生のおかげ」と語る。

 この日、リボーさんはスーホのほかに四曲を奏でた。うち二曲はモンゴルの祝いの歌。「楽しい曲が聴きたい」という道さんのリクエストに応えた。生前、夫と「いつかモンゴルに行きたいね」と言い合っていたという。昼食を含め、またたく間の三時間。「私だけでモンゴル旅行ができちゃったわ」。笑う道さんの隣で、リボーさんが遺影を指さした。「先生も一緒よ」「そうね」

(鈴木凜平)

 <スーホの白い馬> モンゴルの羊飼いの少年スーホが拾った子ウマを巡る物語。スーホは子ウマを立派な白馬に育て、競馬大会に出場して優勝したが、白馬を気に入った殿様に無理やり奪われ、殺されてしまう。悲しみに暮れるスーホは、白馬の骨や皮を使って馬頭琴を作る−という筋書き。1961年に出版され、小学2年生の国語の教科書に採用された。

 

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