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新時代も「へいせいさん」 春野・電気工事会社

◆山里の生活支える

「令和の時代も今までと変わらず仕事を続けていく」と語る平成電気の玉田史朗代表(左手前)=浜松市天竜区春野町領家で

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 平成の幕開けに合わせて創業し、浜松市北部の山あいで人々の営みを支えてきた小さな電気工事会社がある。総勢四人の「平成電気」(天竜区春野町領家)。不況、市町村合併、過疎化…。激変する地域の現状に向き合いつつ「何とか約三十年間続けてこられた」と代表の玉田史朗(しろう)さん(59)。元号が変わっても「これまで通り、この地で生きていく」と語り、令和の到来を静かに待つ。

 清流・気田(けた)川のせせらぎが聞こえる集落に、古い二階建ての民家を再利用した事務所がある。入り口の脇には「有限会社 平成電気」と丸文字で記した古い看板。地元の木材を使い、一九九〇(平成二)年の創業当初から掲げている。

 もともとは電子機器関連の会社で働いていた玉田さん。同じく勤め人だった妻の父に誘われ、ともに独立する形で地元の春野町での起業を図った。義父の姓にちなんで「平」の文字を社名に入れることは当初から想定していたが、ちょうど元号が平成に。周囲からも薦められ、「平成」の二文字を冠することになった。

 当時の浜松市が大規模な産業集積地を造成したことから関連の仕事が多く舞い込み「弁当を二食持って行くほど忙しかった」と玉田さん。やがてバブル崩壊で苦境に。地場産業である製茶工場の整備から住宅のエアコン設置まで、幅広い依頼に応えながら生き延びてきた。

 二〇〇五年には十二市町村合併で春野町が新浜松市の一部に。公共施設の刷新に合わせた工事を任され、市から優良業者として表彰も受けた。上向きかけた景況に冷や水を浴びせたのが、〇八年のリーマン・ショック。大手企業が生産拠点を縮小したり、人件費が安い海外に移したりして、取引先も減った。玉田さんは「いったん落ち込んだ景気は、田舎ほど回復が難しい」と痛感する。

 何より気掛かりなのが、仕事や便利な生活を求めて地元の若い世代が市街地に移っていること。そんな天竜を含む七行政区の再編を目指す市の施策の行方にも関心は高い。「広大な天竜の山が、街のきれいな生活水を守っている。もっと大切にしてほしい」。新元号の発表後も社名変更は頭になかった。「へいせいさん、へいせいさん」と、今も頼ってくれるお年寄りらがいるからだ。

 新天皇に即位する皇太子さまが同学年に当たるという偶然も、前を向く力になる。「令和が続く限りは自分も会社を畳まず頑張り、お客さんの生活を守りたい。山の人も街の人も、幸せに暮らせる時代になれば」 

(久下悠一郎)

 

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