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届いた1本のギター 被災地に癒しの旋律 

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 岩手県陸前高田市の郵便配達員、及川慎治さん(52)は、東日本大震災の津波でたくさんのものを奪われた。親戚や同僚、自宅、そして三十年以上寄り添ったギター。悲しみ以外は忘れてしまった避難所暮らしの中、浜松市から一本のギターが届く。これは、楽器の街と被災地を結んだ小さな縁のお話−。

◆雑誌投稿きっかけ、つながり今も

 及川さんは高校を卒業して地元の「郵便屋さん」として働いた。趣味はクラシックギター。二十五歳のころ、教室に通い始め、弦に触れない日はなかった。

 二〇一一年三月十一日も陸前高田市内で配達した。職場に戻れず、キャンプ場で夜を明かした。同居していた妻は無事だったが、自宅のアパートもギターも流された。船を出そうとした親戚は波にのまれ、郵便局の同僚十二人も失った。

 避難所生活が続く四月、音楽雑誌のある投稿に目が留まった。浜松市の製作者が被災者にギターを寄贈したい、という。すがるような思いで応募した。

 五月、避難所にギターが届いた。期待を上回る質感、音色。周りの迷惑にならないように、少しだけ弾いてみた。ヘンリー・マンシーニの「ひまわり」。哀愁漂う旋律に、人が寄ってきた。「それ、どうしたの」。浜松からの贈り物だと伝えると、口々に「ありがたいね」と言われた。

 贈り主は、浜松市東区でギター工房を営む佐藤剛さん(48)。「傷ついた心を癒やしてもらえれば」と思い付いた。ギターは表面にほんの少し傷があるが、正規品なら三十万円近くする、手作りの逸品だった。

 お礼をしたい−。一三年五月、及川さんは浜松の佐藤さん宅を訪ねた。避難所や被災地の様子、ギターの話。一時間語り合い、持参した二枚の写真を手渡した。避難所でギターを持つ自分の姿だった。

 佐藤さんは、その時の写真を今も大切に保管している。毎年秋に陸前高田市から届くサンマが楽しみだ。「ギターは生きるために必要ではないかもしれないけど、少しの間でも現実を忘れることができたのなら、うれしい」

 及川さんは少しずつ進む復興を見つめながら「きれいになったけど、まだまだ」と感じるという。一六年五月に一戸建ての家を建て、気兼ねなくギターを弾いている。「震災で忘れかけた楽しさを思い出した。感謝しかない」と語った。

(鈴木凜平)

 

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