トップ > 静岡 > 浜松まつり > 記事一覧 > 2019年の記事一覧 > 記事

ここから本文

浜松まつり

亡父を思い 絆凧 金屋組・稲川さん

初凧を力強く揚げる(左から)稲川秀樹さん裕子さん夫婦、長男の達絆ちゃん=3日、浜松市南区の凧揚げ会場で

写真

 浜松市中区の曳馬町金屋「金屋組」の稲川秀樹さん(34)と裕子さん(36)夫婦は、浜松まつりで長男達絆(たつき)ちゃん(1つ)の初凧を揚げた。秀樹さんの父で県アーチェリー協会理事長の篤郎(とくろう)さんは、初孫が生まれた八日後に急逝した。「初凧を楽しみにしていた父に届けたい」。そんな思いを乗せ、凧は大空を舞った。

 篤郎さんは興誠商業高(現浜松学院高)で競技を始め、第一回全国高等学校総合体育大会で初代王者になり、国体などにも出場した。中高生の大会や合宿で若手を育ててきた。次男秀樹さんら三人の子に恵まれたが、代表チームで全国を飛び回る中、浜松まつりには関われなかったという。

 そんな父の背中を見て育った秀樹さんも小学生の頃からアーチェリーに触れ、学生時代は競技に励んだ。七年前から故郷に戻り、父の用具店を手伝ってきた。

稲川篤郎さん

写真

 同じ頃、同級生の誘いで、地元の金屋組に入った。組の上役に「良い人がいる」と裕子さんを紹介された。すぐ意気投合し、一年で結婚。二〇一七年八月末、達絆ちゃんが生まれた。

 同年九月五日、一家三人で実家を訪ねた。篤郎さんは待望の初孫を抱き、数分間、じっと目を見詰めた。妻の陽子さん(68)は「あんなにうれしそうな顔は見たことない」と振り返る。秀樹さんも、父がたびたび語った「孫が生まれたら店は引退する」「孫は俺が世話するから」という言葉は「今思えば本気だった」と語る。

 同月八日、篤郎さんは近所の射場で練習中、背中に痛みを訴えて気を失い、そのまま亡くなった。葬儀には五輪メダリストら六百人が参列し、アーチェリー界を引っ張ってきた六十七歳の死を悼んだ。

勇壮に舞い上がる達絆ちゃんの初凧

写真

 この日、「達絆」と名の入った五帖(じょう)凧は、風に揺られ、二度落ちた。仲間たちの協力で補修し、三度目。総監督を務める秀樹さんの「せーの」という掛け声で、仲間と一緒に凧糸を引っ張り、空に浮いた。

 「達絆」の由来も浜松まつりだ。金屋組の絆から生まれた子だから、これからも絆を広げ、達してほしい、との願いがあるという。祝いの渦の中央で、秀樹さんは思いをはせた。「自分も達絆も、こんなに仲間に恵まれたよ」。達絆ちゃんの首元で、篤郎さんの遺影のキーホルダーが揺れていた。

(鈴木凜平)

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

中日新聞しずおかの記事はこちら

新聞購読のご案内

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索