トップ > 静岡 > 静岡けいざい > 特集 > 記事一覧 > 2019年の記事一覧 > 記事

ここから本文

静岡経済 特集

信念のピアノ 誕生20年(下) 自信「値引きしない」

◆万全のアフターサービス

1980年ごろ、自宅でピアノを前に笑顔を見せる河合滋氏=浜松市中区で(河合楽器製作所提供)

写真

 グランドピアノ「Shigeru Kawai(シゲルカワイ、SK)」の発売を九月に控えた一九九九年初頭。生産と販売の担当者が河合楽器製作所本社に集められ、プロジェクトチームが結成された。

 二代目社長の河合滋は、社長を長男の弘隆に譲り、会長となっていた。営業部門の担当者としてチームに加わった現専務の日下(くさか)昌和(65)は、滋が示した販売方針の衝撃を忘れない。

 「値引きはしない。定価販売だ」

 自動車と同様、ピアノも値引きして販売するのが当たり前の時代。三十万円の量産モデルでさえ“勉強”するのに、最安でも百八十万円するピアノを定価で売らなければならない。「営業サイドは『何を考えているんだ』と大騒ぎだった」と日下。だが、滋は方針を押し通した。

シゲルカワイ発売へ向けたプロジェクトを振り返る日下昌和専務=浜松市中区の河合楽器製作所本社で

写真

 素材、作り方、性能。どれも自信があるから、安売りはしない。その代わり、アフターサービスは社を挙げて対応する−。滋が集大成として手掛けたピアノにふさわしい売り方を考え、出した結論だった。

 販売員は値引きを前提にした商談をやめ、試し弾きを通してSKの良さを体感してもらうことに力を注いだ。アフターサービスは製造の仕上げも手掛けるMPA(マスター・ピアノ・アーティザン)だけが担当。顧客一人一人の個性を理解し、細かな要望に応えるため、同じMPAが一台を見続ける。いわば「かかりつけ医」のような存在だ。

 そんな真摯(しんし)な姿勢が音楽大学や教室の評判を呼び、自然とファンは付いた。初年度に年間百五十台だった販売台数は現在、五倍の七百五十台まで増えた。

 日下は「社員全体でSKを育ててきたことに意義がある」と強調する。誰か一人が値引きしたり、アフターサービスの手を抜いたりすればブランドはたちまち失墜する。「だから販売員もレベルを上げないといけない。身なり、言葉遣い、音楽の知識…。SKがわれわれを成長させてくれる」

 二〇一二年には、鍵盤の長さを伸ばして演奏性を高める改良を施し、進化を続けるSK。河合楽器は二二年春までに生産ラインを増強し、年間千台に増やす予定だ。日下はSKを果実に例えてこう展望する。

 「今はやっと実がなったくらい。まだ小さくて、色も悪い。滋会長が残してくれた『世界一のピアノ』のコンセプトを崩さず、成長させていく」

(鈴木啓紀、文中敬称略)

 <河合滋氏> 1922年舞阪町(現浜松市西区)生まれ。浜松一中(現浜松北高)から陸軍士官学校へ進んだ。復員後、河合楽器製作所を創業した河合小市の養子となり46年に入社。小市の死去に伴い55年から34年間、社長を務めた。会長を経て2002年退任。78〜86年に浜松商工会議所会頭を務め、浜名湾游泳協会会長なども歴任した。06年8月、84歳で死去。

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

中日新聞しずおかの記事はこちら

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索