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城下町の橋支える台状遺構を新発見 石田三成の佐和山城

新たに見つかった南北の溝と東西に架かる橋の遺構=彦根市の佐和山城跡で

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 石田三成の居城として知られる佐和山城(彦根市)の城下町の発掘調査を進めている県文化財保護協会が、橋を支える台状の遺構を新たに発見したと、二十六日に発表した。東西方向の道路の存在を推定でき、協会は「城下町の具体的な様相をうかがう手掛かりを得られた」としている。

 今回、見つかったのは城下町内を南北に通る幅二・六メートルの溝と、その両岸の一部にあった橋を支えていたとみられる石積みの遺構。遺構の周辺には建物の柱跡や井戸跡がなく、護岸用の石積みとしては範囲が狭いため、橋があったと判断。溝は見つかっているかぎり深さ六十〜七十センチ。溝の中から、崩された石積みも見つかっており、建築当時は一メートルの深さがあったと推測される。溝の深さから、防御性のある堀ではなく、生活雑排水を流していたと考えられる。

 橋の幅から、東西方向に最大で幅五メートルの道があったと推定。西側にある内堀を越えた延長上に、武家屋敷跡もあり、城下町から城内に入る道であった可能性もある。ただ、内堀にかかる橋は見つかっていない。

 江戸時代の絵図には、城下町があった最終時期には橋と溝は描かれておらず、橋があった時期と、橋を崩して溝を埋め、その上に建物を建てた時期に分けられることも判明。石の積み方や周辺で出土した陶磁器から、遺構は十六世紀後半から十七世紀の初めごろのものと推定できるが、佐和山城は城主の交代が頻繁にあり、誰が城主の時期だったかははっきりしない。

 調査は国道8号米原バイパス建設計画に伴い、協会が四月から実施。バイパス建設予定地の一部、一万四千平方メートルを発掘している。

 協会は二十九日午後一時半から現地説明会を開く。駐車場が少ないため、公共交通機関での来場を呼び掛けている。(問)県文化財保護協会=077(548)9780

 (稲垣遥謹)

 

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