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甲賀武士・望月家を探る 人気歴史学者・磯田道史さん 

伏見城に籠城して討ち死にした甲賀武士の位牌を見る磯田さん(右手前)、望月さん(右奥)ら=甲賀市甲南町野田の慈眼寺で

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 「武士の家計簿」などの著書で知られる人気歴史学者で、国際日本文化研究センター准教授の磯田道史さん(48)が十六日、甲賀市甲南町野田の慈眼寺(じげんじ)を訪れ、新発見された寺ゆかりの甲賀武士・野田望月家の系図などを調査した。

 系図は、関ケ原の戦いの前に起こった伏見城の戦い(一六〇〇年)で籠城し、徳川家康に忠誠を尽くした甲賀組望月家の初代津之助の兄弟、弥治郎を初代とする、望月直江家のもの。二年前、同家当主の望月洋(なだ)さん(83)=大津市膳所一=宅で、仏壇の引き出しから見つかった。

 野田地区の歴史を調べている地元の元高校教諭田村幹夫さん(71)は、系図から判明した、江戸時代前期に直江家が甲賀組望月家の後ろ盾で代官から特別な扱いを受けたことや、岸和田藩お抱えになったことなどを、磯田さんに報告した。

 磯田さんは、家康が人質となっていた妻子を今川家から取り返すきっかけとなった「鵜殿(うどの)退治」に望月家が加わり、浜松城下で武術師範を務めたという記述に「宿敵武田の動きを家康に知らせるため、駆けずり回っていたかもしれない。そうした古くからの働きがあったから、江戸時代に優遇されたのではないか」と指摘した。

 市職員や研究者らでつくる「甲賀流忍者調査団 ニンジャファインダーズ」の団長を務める磯田さんは、同日開かれた甲賀流忍者検定に合わせて来訪。受検者や市民を対象に、甲南町竜法師の「忍(しのび)の里プララ」で開いた特別講演会では、尾張藩に雇用された「甲賀五人」の頭(かしら)・木村奥之助に関する古文書の調査について話した。 

 (築山栄太郎)

 

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