トップ > 長野 > 5月25日の記事一覧 > 記事

ここから本文

長野

昼神、江戸時代も温泉地だった!? 絵地図見つかる

見つかった江戸時代の温泉湧出を示す絵地図

写真

 一九七三(昭和四十八)年の湧出を機に開かれた阿智村智里の昼神温泉郷が、江戸時代にも温泉地として親しまれていた可能性を示す絵地図が見つかった。地域資源の再発見につながる史料として期待される。

 村の地域活性化を目指す「全村博物館構想」のプロジェクトが昨年、温泉と関連する地名を記した江戸の絵地図を確認した。プロジェクト企画委の林茂伸さん(63)によると、昨年十月末に村の古文書を調査した際、智里東の蔵に保管されていた。

絵地図のコピーを示す林さん=阿智村智里で

写真

 絵地図には、一八三五(天保六)年の旧昼神村から旧小野川村への網掛山一部譲渡に関する記録のほか「湯の根」「湯の洞」「湯の神」の地名や神社の印が記されている。場所は現在の湯元ホテル阿智川周辺で、林さんは「温泉の湯元はやがて洪水などで埋もれ、人々の記憶から消え去ったのでは」と推測。一方で、明治以降も雪が早く消えたり、川の水で手を暖めたりした逸話が残っていることから、阿智川と湯脈の関連を考える上でも興味深いという。

 昼神と温泉の関連は、一七四〇(元文五)年ごろの文書「信州伊奈郡郷村鑑」に《近世此(この)村ニ温泉湧出シテ、近郷ノ人湯治ス》との記述があるが、あまり知られていない。林さんは「昼神は単なる新興温泉ではなく、三百年以上の昔からあったことはもっと注目されていい」と話している。

 (石川才子)

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索