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四日市出身・中村選手、県内の恩師も期待 マラソン五輪切符

五輪マラソン代表選考会15キロ付近の東京・浅草寺の雷門前を通過する中村選手(手前)

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 一発勝負の日本代表選考レースで、五輪切符を勝ち取った男子マラソンの中村匠吾選手(四日市市出身、伊賀白鳳高校卒)。その原点を知る県内の恩師らも快挙を祝福し、来年の東京五輪への期待に、胸を膨らませる。

 四日市市内部(うつべ)中学校陸上部時代の中村選手を監督として指導した後藤二三夫さん(71)は、喜びよりも驚きが大きかったという。「今回は相手も強く、七〜八割方、無理だと思っていたし、年齢的に四年後にもう一度チャンスがあると思っていた」と笑った。

 中学に入ってきたときは、一番ではなかった。小学生のころからずっと勝てない同級生の存在があった。「勝てやんわ」と弱音を吐くことも。それでも、練習熱心な姿やまじめな性格に将来性を感じた。中学一年の夏に「半年、一年あれば(同級生に)勝てる」と指導した。

 その言葉通り、同級生との差はみるみる縮まった。中学二年の夏には力関係が逆転。中学三年には県大会の3000メートルで優勝した。「こっちからストップをかけるまでひたすら練習をする子だった」と目を細めた。

中村選手の中学時代を懐かしみながら語る後藤さん=鈴鹿市桜島町で

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 センスはあったものの、体の線が細く偏食だったという中村選手に、とにかく何でも食べるよう指導した。「きゃしゃだから心配で」。駒沢大時代、後藤さんが栽培した野菜を寮に届けたこともあった。

 中村選手の持ち味は勝負どころでの追い上げという。この日のレースでの最後のスパート。「あれは中学時代からの強み。うまくはまった」と満足そうに話す。東京五輪に向け「まずは自分の力を出し切ってほしい。その後に応援してくださった方々に感謝の気持ちを持って恩返しをしてくれれば」と願う。

 中村選手が小学五年の三学期から六年まで通っていた四日市市内部陸上少年団の水谷渉コーチ(67)はレースを自宅のテレビで観戦した。「スタートから心臓バクバクだった。最後三人の争いになった時は勝てるかなと、緊張しながら見守った」

 入団当初の印象を「めちゃくちゃ優しい子だったが、負けず嫌いを内に秘めていた」と振り返る。練習では一切手を抜かず、頭角を現すまでに時間はかからなかった。小学生の駅伝大会では区間賞の活躍。「抜群に速かった」

 レース二日前に無料通話アプリ「LINE(ライン)」で「平常心で走るように」と送ると、「いつも通り頑張ります。力を出し切ります」と返信があったという。「五輪ではアフリカ勢が強いが、得意のラストスパートで日本の上位に行ってほしい」とエールを送った。

 (神尾大樹、高島碧)

 

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