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成瀬平馬家長屋門から土師器 伊賀の城下町ルーツを照らす

すすが付着し黒くなった灯明皿

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 伊賀市は改修工事中の「成瀬平馬家長屋門」から、室町時代の土師(はじ)器が見つかったと発表した。市文化財課によると、油を注いで明かりをともす「灯明皿」として使われたとみられる。旧上野城内の区域から見つかった築城以前の遺物となるため「上野城下町の成り立ちを知る上で貴重な史料」という。

 門があるのは江戸時代の上級武士、成瀬家の屋敷南側。旧城内に残る唯一の武家屋敷の長屋門として市文化財に指定されている。

 改修工事に合わせ今年一月、市が埋蔵品の調査をしようと、二カ所を掘削したところ、五十センチほど下から小皿のかけら五片と柱跡とみられる小穴が見つかった。かけらを貼り合わせると、直径九・四センチほどある皿の三分の一に当たると推定された。十五世紀末から十六世紀初めに使われたとみられ、内側がすすで黒くなっていた。

改修前の「成瀬平馬家長屋門」=伊賀市上野丸之内で(市提供)

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 旧上野城は、戦国時代に織田軍が伊賀を攻めた「第二次天正伊賀の乱」から間もない一五八五(天正十三)年、筒井定次により築城が始まった。現在の上野公園周辺には平楽寺や薬師寺があったとされ、市文化財課は「この時期以前の遺物はほとんど出土しておらず今回の出土は貴重。人が暮らしていたことが分かる史料だ」と評価した。

 ただ、今回の掘削は幅一・五メートル、長さ八メートル以内の「比較的小規模な調査」だったため、建物の使用目的や住人などの詳細は分からなかった。市文化財課は「もしも灯明皿が大量に見つかれば寺院だった可能性も否定できないが、より大規模な調査をしない限り分からない」という。

 (飯盛結衣)

 

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