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屋根瓦に本多家の家紋 鈴鹿・神戸城跡近くで出土

神戸城跡付近から出土した本多家の家紋付き瓦=鈴鹿市国分町の市考古博物館で

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 鈴鹿市神戸(かんべ)五の県史跡「神戸城跡」近くで、市が実施した調査で、江戸時代の城主・本多家の家紋が付いた屋根瓦の破片が地中から見つかった。城や本多家にちなむ多くの遺物が県や市の文化財に指定されているが、担当者は「本格的な発掘は、ほとんど行われていないので、地下には遺物がいっぱい眠っているはずだ」とみる。瓦は六月十六日まで同市国分町の市考古博物館で開催中の速報展「発掘された鈴鹿」で展示している。

 現在の城跡周辺の神戸高校や神戸公園、住宅地などは、かつて堀に囲まれ、本丸や二之丸などがあった場所。市は「本多町遺跡」に指定しており、宅地の造成に伴って昨年十二月十七日、高校北側の同市神戸二の宅地五平方メートルを試掘した。

 この結果、屋根の端に取り付ける長さ十センチほどの丸い瓦「軒丸瓦(のきまるがわら)」の一部が出土。アオイの葉を三枚配した本多家の家紋「立葵(たちあおい)」と分かった。残っていた模様は、一番上の葉っぱの一部らしい。出土した場所は江戸時代の堀付近で、担当者は「塀の屋根の瓦か、城を改修した時や明治維新後の廃城時に捨てられたものか」と推測する。

 本多家は江戸中期の一七三二(享保十七)年、将軍徳川吉宗から重用された初代藩主の忠統(ただむね)が、現在の大津市から神戸の地に移った。以来、明治維新まで計七代百三十年余りにわたり藩主を務め、旧城下町の住民にとって現在でもなじみ深い。藩主の徳をたたえた石碑「思徳之碑」(鈴鹿市神戸二の観音寺)など文化財も多い。城のやぐらに上がっていた、子どもの背丈ほどある飾りのシャチ三体は、いずれも市文化財で、神戸地区にある市役所一階ロビーに展示されている。

 博物館では十三日午後一時半から、学芸員が、こうした瓦など市内十遺跡の発掘調査について説明する。当日は県民の日を記念して速報展、常設展を無料で見ることができる。

 通常の入館料は小中学生百円、高校生以上二百円。休館は月曜、毎月第三火曜日(祝日の場合開館。その翌日が休館)。

 (酒井直樹)

 

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