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<縁のカタチ 多様な性> 弁護士夫夫(中)

同性パートナーと法律事務所を開いた弁護士の南和行さん(右)を事務員として支える南さんの母のヤヱさん=大阪市北区の事務所で

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 ゲイ(男性同性愛者)の弁護士カップル、南和行さん(42)と吉田昌史さん(41)が大阪市内で営む法律事務所では、南さんの母ヤヱさん(75)が週四回、事務員として手伝う。

 二人を見ていると、互いに信頼し、支え合っていることがよく分かる。「ずっと仲良くしてほしい」。今は心から願う。だが、息子がゲイだと知り、受け入れるまで十年以上かかった。

 「僕は同性愛者なんだけど」。一九九八年の夏。法事の帰り道の電車の中で、当時、京都大の四年生だった南さんから突然、告白された。

 小学生のころから成績が良くて優しく、女の子にもてたという南さん。「なぜ」と驚き、「同性愛は恥ずかしいこと、世の中に対して悪いこと」と思った。夫を亡くしたばかりで気落ちもしており、人目もはばからず号泣。南さんの兄は、「そんな話をなんでするんや! お母さんがかわいそうやろ」と怒鳴った。

 以来、家族はぎくしゃくした。南さんは大阪市の実家に帰省するたび理解を求めたが、ヤヱさんは「おかしいこと」と突っぱねた。

 「自分の育て方が悪かったのか」と思い悩んだ。同性愛ははしかみたいなもので、いつかは治る。すてきな女性が現れれば、変わる。そう思おうとした。

 ヤヱさんが吉田さんと初めて会ったのは、南さんが大阪の住宅建材メーカーに就職が決まり、実家近くのマンションに引っ越した日。南さんが、手伝いに来ていた吉田さんと実家でくつろいでいたところ、帰宅して鉢合わせした。

 「すぐ交際相手と分かった。まだ納得していなかったから、冷たい態度を取ってしまった」。南さんの兄もほとんど無言で、張り詰めた気まずい空気が流れた。

 ヤヱさんはその後、南さんから吉田さんの話をたくさん聞かされた。両親を亡くして一生懸命に祖母を介護していること、高校、大学とも成績優秀なこと、料理が上手なこと…。「一人の人間」として、吉田さんを思う息子の思いが伝わってきた。

 二人が弁護士を目指して法科大学院で勉強に励んでいたころ。南さんに頼まれ、二人分の弁当を毎朝作った。実家で夕食を囲むことも増え、吉田さんが先に司法試験に合格したときは、レストランでお祝いした。

 同性愛を告白されて十三年。「結婚式を開くから出席してほしい」。南さんから二度目の告白を受けた。式には家族や友人、弁護士事務所の先輩など八十人が出席。幸せそうに指輪を交換したりケーキに入刀したりする二人の姿を見て、わだかまりが消えた。「こんなにたくさんの人が祝福している」

 それでも、式を開く少し前までは、同性愛と、性同一性障害(GID)の違いも分からなかった。二人のどちらかが、いずれ性転換をして女性になると思っていた。「(同性愛について)だれにも教わらなかったから」。異性愛を前提とした社会の中で、それ以外は「おかしいこと」と思い込み、世間体を気にしていた自分に気付いた。

 式後、お盆や正月の親戚付き合いは、吉田さんも一緒だ。友人や知人に南さんのことを聞かれると「同性婚で男性パートナーと暮らしている」と答えている。

 夫は生前「(南さんが)結婚したい人を連れてきたら、悪い人でなければ、認めないとあかん」と言っていた。ヤヱさんが大好きなコーヒーを飲むときは、吉田さんが贈ってくれたペアのカップに入れ、仏前に供えている。

 (河野紀子)

 

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