匠を訪ねて[21]版画師 前田 良雄さん(86) 白と黒日常彫る
細部の濃淡徹底追求周囲からは、版画がさかんな志賀町の礎を築いたと評される。六十五年間、創作に打ち込んできた版画師前田良雄さん(86)=同町福井=は高齢となった今も、一日も欠かさず「白と黒の世界」に向き合う。 どこか愁いのある表情を含んだ女性。収穫した大根を担ぎ、鎌で稲を刈り、チョウの舞う畑で豆を取る−。自宅離れの静かな作業場から生み出される作品は、農業や生活に根差した土着的な題材が多い。 「私はもともと農家の生まれ。自分の生活を掘り下げることは、生きる上での核心だから」と語る。 徹底して追求するのは、白と黒が調和した端的な表現だ。「版画は、刀を入れれば入れるほど説明的になり、本来の魅力が失われる」と、「墨入れ」と呼ばれる一手間を欠かさない。
墨入れは、版木に転写したスケッチに沿って、墨で細部まで色の濃淡を付ける作業。作品の仕上がりを前もってイメージすることができ、白と黒が織りなす版画の魅力を表現できる。彫刻刀も、大きく彫ることができる小学生用の道具を好んで使い、版木は軟らかいシナベニヤを愛用する。 版画と出合ったのは、石川青年師範学校の学生時代。先輩の影響で創作を始め、地元で小中学校の教員となった後も、「子どもの思考力を育てたい」と、課外授業で版画を取り入れた。教え子たちは、全国コンクールで数々の賞をとり、五年前からは人口わずか二万人超の町で「全国」の名を冠した子どものコンクールが開かれるまでになった。 これまで、個展の開催や作品の販売を求められることはあったが、ほとんどすべてを断ってきた。依頼主の意向に沿った作品作りが、自らの世界観を壊しかねないと考えているからだ。 あえて選ぶ孤独な創作活動。「作品は、自分の肥やし。もっと彫り方の間口を広げ、力を伸ばしたい」と、意欲は衰えを知らない。 後記ものづくりの達人に話をうかがう機会は多いが、作品以上に作り手の言葉に心を動かされることは多い。 今回はこの金言。「版画は刀を入れれば入れるほど魅力を失う」 「文章を加えれば加えるほど、記事は魅力を失う」。こう聞こえたような気がして、はっとさせられた。 (渡辺大地) PR情報
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